さくや姫プロジェクト|トップページ

本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

医師不足が進む産婦人科で女性医師支援を展開。
「産めない」女性を救う不妊治療にも力を注ぐ。

金山尚裕(かなやま・なおひろ)

金山尚裕(かなやま・なおひろ)


国立大学法人 浜松医科大学医学部産婦人科 教授


- WEBサイト -

国立大学法人 浜松医科大学

人間の一生の重大な場面に関わる産婦人科医

 私は、浜松医科大学の第1期生として医学部を卒業後、産婦人科に入局しました。産婦人科医師を志したのは、恩師である寺尾俊彦2代目教授の影響が大きいですね。寺尾先生は、浜松医大の前学長でもあり、日本産婦人科医会の会長も務めていらっしゃる方です。私は、先生の指導の下、この分野で先進的な診療や研究をしてみたいと思ったんです。
 現在は、教育と研究、診療のそれぞれの分野に関わっています。学生や研修医、入局した医師の指導を担当するほか、さまざまな産婦人科領域の治療薬や診断薬の研究開発にも力を入れています。私の取り組みが、お子さんを望まれる方をはじめ、多くの方々にお役に立てばとの思いから、日々の業務にあたっています。
 私たちが携わる周産期医療で扱う分娩や出生は、お母さんや赤ちゃんにとって、一生の中で最も重大な場面のひとつです。また、2人の人間の命にかかわる大切な時期でもあります。大抵の人は、赤ちゃんは正常に生まれるのが当たり前という感覚を持っていますが、実際は5%程度の確率で緊急事態が発生します。20人に1人ほどは帝王切開など、何らかの緊急処置が必要になるんです。ときには、お母さんや赤ちゃんの命が危険にさらされることもあります。私たちは、お母さんに無事にお産をしていただくために、日夜、診療や研究に取り組み、医師としての責任を果たす努力をしています。
 妊娠、出産の際に医師の存在は重要ですが、この分野に携わることができるのは産婦人科医師だけです。私は専門医として、多いときには、年間300人の赤ちゃんを取り上げてきました。その中で、周産期医療に関わる者だけが得ることができる充実感も、日々感じてきました。産婦人科の深刻な医師不足が社会問題化している現在、周産期医療の魅力を学生たちに伝えることも、私の重要な役割だと思っています。そして1人でも多くの学生に、産婦人科医師を志してもらいたい。それは、地域で安心して出産していただくために求められることでもあるのです。

女性医師が増えることで医師不足が加速する現状

 産婦人科の医師不足が指摘されだしたのは、10年ほど前からです。理由としては、よく言われるように、産婦人科医の勤務時間が不規則であることが挙げられます。陣痛は深夜に起こることが多いですから、当直の医師の負担が大きいこともネックとなっています。他の科に比べ、訴訟が多いことも医師が増えない原因のひとつです。先ほど申し上げたとおり、妊娠や出産とは危険が伴うものです。しかし、日本では、そういったリスクがあることについての十分な教育がなされていないことから、何かが起きたとき、医師に対して非難の矛先が向けられることが多いんです。
 静岡県内における産婦人科の医師不足も大きな問題です。2009年度の県による調査では、県内29病院中、24病院で産婦人科医師が不足しているという結果がでました。静岡県では、人口約380万人に対して、医師養成機関が1つしかないことが医師不足の最大の原因となっているんです。現状の年間100名程度の養成数で、その人口をカバーすることは不可能です。人口100万人に対して大学を1つ置くというのが全国の平均ですから、県内の状況は深刻です。
 さらに、産婦人科の特徴として、女性医師の急増が挙げられます。1970年代は8割近くを男性医師が占めていたのが、現在ではほぼ均衡し、20代医師においては7割近くが女性となっています。
 女性が増えているのは、女性医師を求める声が大きくなってきていることも一因となっています。最近では、女性医師のいる病院を探される女性もいます。医師を目指す女性たちも、妊娠や出産に対して同性としての共感を持ち、産婦人科を選ぶ傾向があると思います。
 しかし、女性医師は自らの結婚と出産を機に、半数以上が常勤職を離れているのが現状です。家事育児をしながら、不規則な勤務や深夜の当直勤務を行うことができる医師はほとんどいません。パートタイムの仕事や婦人科検診の担当はできても、出産や手術などに携わることは難しくなります。
 20代の産婦人科医師のうち、女性医師が7割を占め、その半数が30代で退職してしまったら、産婦人科医療の現場はどうなるでしょうか。病院によっては分娩ができなくなりますし、子宮がんなどの手術もできなくなるでしょう。このままでは、お産ができる場所が本当に少なくなってしまうのです。ですから、女性医師が妊娠出産を経て、復帰する道筋をつけることがどうしても必要なのです。県内の産婦人科医療を維持するためにも、女性医師のサポートと、医師数全体の底上げが重要な課題であることは間違いありません。

若手医師、女性医師支援の長期プログラムを実施

 浜松医大では、これらの課題を解決するために、2009年に独自のプログラムを作りました。それが「静岡県周産期医師長期支援プログラム」です。文部科学省の周産期医療環境整備事業で採択されており、期間は5年間。内容は、「若手医師育成コース」と「女性医師復帰支援コース」の2本柱となっています。要するに、周産期に携わる医師を増やす。そして、辞めさせない。目的はこの2つです。
 若手医師育成コースは、医学部の学生から、学会専門医を取得するまでの医師が対象となります。登録者はセミナーや研修会に参加でき、研修医であれば、そのための費用補助を受けることができます。その他、学内外の勉強会や講習会、学会への参加や、海外施設での研修などもあります。さまざまな機会をとおして、私たちスタッフが周産期医療やその魅力について、直接丁寧に伝えることができるプログラムとなっています。
 女性医師復帰支援コースは、将来、産科、新生児医療に参加したいと思う女性医師であれば誰でも登録可能です。登録後のプログラムへの参加は、育児などで休職中か、常勤でない医師が対象となります。このプログラムに参加するメリットとしては、職場への復帰支援と同時に、家庭支援を受けられることがあります。
 復帰支援には、具体的にはワークシェアリングの形をとって臨床現場に復帰するコース、実験助手をつけて研究からスタートするコース、研修医、学生の指導担当として復帰するコースがあります。指導医らによるサポート体制や、フレキシブルな勤務体系を整えることで、どのコースでも無理なく参加できるようになっています。
 家庭支援には、ベビーシッターの経済的支援、保育所相談などがあります。他に、NPO法人と連携した学童保育支援、子育て中の女性医師の悩み相談なども行っています。病児病後保育なども実施する予定で、今後も参加者の要望に応じた支援を積極的に展開していこうと考えています。

産婦人科閉鎖に追い込まれた病院へ常勤医を派遣

 プログラムは今年で3年目ですが、徐々に取り組みの成果が上がってきています。
 今年3月の段階で、若手医師育成コースの登録者数は110名になりました。内訳は大学5年生から2年目の前期研修医までで、うち4名が今年4月に入局しています。国内外での研修参加によって最新知識を得ると同時に、全国の周産期医療の従事者との関係構築により、参加者のモチベーション向上に繋げることができたと思っています。
 女性医師復帰支援コースには、3月時点で16名が登録しており、うち6名がプログラムに参加しています。現在は、当直は担当せず、外来診療や、病棟の患者さんの診察、そして研究を中心に担当してもらっています。育児支援制度を利用しつつ、無理のない範囲で働いてもらいながら、徐々に常勤として勤務できる態勢を整えていくことが今後の課題ですね。
 プログラムの参加者には、出産後、間をおかず復帰してもらうことができたのも成果のひとつです。ブランクが短いぶん、医師たちのモチベーションも維持できていると思います。以前は産休後、スムーズに現場に戻れる制度がなかったために、常勤としての復帰をあきらめざるを得ない人もいました。しかし、今後は、復帰を希望する女性医師が、出産育児に関係なく活躍できる制度や環境を、何とかして作り上げなければならないと思っています。
 対外的な成果としては、藤枝市立総合病院の産婦人科再開があります。藤枝市立総合病院は志太榛原地区の基幹病院ですが、医師の退職に伴い、2008年から産婦人科が閉鎖されていました。このプログラムによって大学内のマンパワーが充実したことで、そこに3名の常勤医を派遣できる態勢となり、今年4月から分娩を含めた診療の再開に漕ぎつけたんです。県内唯一の医科大学として、関連病院に人材を派遣することも私たちの大切な役割です。静岡県の医師不足解消のためにも、地道な取り組みを続けなければいけないと考えています。

「産めない人」の出産を実現する治療薬を開発

 私自身が産婦人科医として、長年取り組んできたことがあります。それは、「絶対に産めない」。そう言われてもなお、産みたいと願う人たちの出産を実現することです。浜松医大には、さまざまな持病により妊娠が難しいとされている方々が、それでも子供がほしいと願って訪れます。その中には、世界で初めて浜松医大で出産に成功した例もあるんです。
 私が診察したなかで、妊娠しても、初期の段階で子宮頸管が開き、流産をしてしまう方がいました。それまで7回の流産を繰り返しており、私のところにいらっしゃったときは30代後半になっていました。
 私はそれ以前に、羊水中に含まれるウリナスタチンという物質が早産を防止する効果があることを発見し、ウリナスタチン膣錠という早産治療薬を開発していました。その女性は、浜松医大で周産期の幅広い研究が行われていることを知り、当院に訪ねてこられたのです。
 その方は、開発された治療薬を使い、8回目の妊娠で無事出産しました。彼女は「まさか自分に子供が産めるとは思わなかった」と言い、とても幸せそうでしたね。私も1つの命を繋いだという達成感を感じることができました。治療薬の効果はその後広く認められるようになり、現在では全国の70%の病院で使用されています。
 苦しんだ末に出産された方は、生まれてきた赤ちゃんをとても大切にされます。過保護とは違う、深い愛情を持って子供を育てられるんです。そうすると、赤ちゃんはいい子に育ちますし、立派な大人に成長します。そういう姿を見ると、世代から世代へ渡される命の連続性を実感しますね。そんなとき、この仕事のやりがいを感じます。
 私たちの研究によって新しい治療法が見出され、それまでの医学では子供が産めなかった方が出産できるようになる。それは、産婦人科に携わることで得られる大きな喜びです。患者さんの役に立つ研究をすることは、寺尾先生の教えでもあります。私は、そんな研究をしようとこの世界に入りましたし、今後もずっと続けていきたいと思っているんです。

生活習慣の乱れが無意識のうちに不妊を引き起こす

 私は、不妊や習慣性流産と生活習慣病の関わりについても研究を続けています。静岡市内の不妊治療専門のクリニックで外来診察も行っており、排卵障害のある方や、肥満、冷えなど体質改善を必要とする方などの指導を行っています。
 最近の研究では、生まれたときに小さかった赤ちゃんは小中学校で肥満になり、将来的に糖尿病や高血圧になりやすいというデータが得られています。小さく生まれる赤ちゃんは胎内で飢餓状態にあり、それが体質となるため、生後栄養をたくさん与えられることで一気に肥満となってしまうわけです。胎児が飢餓状態に陥るのは、お母さんの生活習慣に問題があることが多いです。具体的には、過度のダイエットや、痩せすぎによる少食などが挙げられます。このように、若い方々を見ていると、食生活や睡眠、喫煙など、ライフスタイルの乱れを感じずにはいられません。しかし、生活習慣の悪化は、胎児に悪影響を及ぼしますし、自身も妊娠しにくい体質にしてしまうんです。
 クリニックにいらっしゃる方は、もちろん子供がほしいと思っているわけです。しかし、自分の生活習慣が不妊の原因になっているとはまったく思っていないんです。そのまま放置すると、多嚢胞性卵巣症候群などの病気を誘発することもあります。ですから、早い段階で予防対策を立てたり、治療をしてほしいと思います。男性でも女性でも、大抵の方は生活習慣を改善することで正常な体質に戻すことが可能ですから、日ごろから危機意識をもって生活してもらいたい。これは声を大にして言いたいです。
 若い人たちが生殖や妊娠に関して知識がないことは、以前のようにお母さんやおばあさんから教育を受ける機会が減っていることに加え、子供たちへの教育が不十分であることが大きな原因であると思っています。産婦人科医としては、もっと小中学校で啓発活動をしていきたいという気持ちが強いのですが、教育現場の意識は低いように感じます。性教育に対する抵抗感もあり、指導が行き届かないのが現状だと思います。
 しかし、月経や排卵、妊娠、分娩に関する正しい知識を身につけることは重要なことです。知識さえあれば、自身の健康に気を配ることもできますし、それによって不妊症を減らすこともできるんです。私たち医師の今後の課題としても、地域の子供たちへの教育という点は忘れてはならないと思っています。

サプリメントの商品化により体質改善の裾野を広げる

  浜松医大では、より多くの人々に生活習慣の改善を促すための取り組みにも力を入れています。そのひとつが、食生活改善をサポートするサプリメントの開発と販売です。これは、アルギニンというアミノ酸の一種と、葉酸というビタミンを含むサプリメント飲料で、すでに「エンゼルストーク」という商品名で販売されています。主に高齢妊娠や妊娠高血圧症候群のリスクがある方の栄養補助と、子供を望むカップルで妊娠しやすい体質にしたい人におすすめできる商品です。
 私たちが診察できるのは、病院を訪れる方がほとんどです。そこで、大学で研究開発した商品を通じて、私たちの取り組みの成果をより多くの人たちへ還元したいと考えたんです。実は現在、浜松医大産婦人科発のベンチャー企業を立ち上げています。そこでは、サプリメントなどの商品以外に、女性の生殖検診の提供なども考えています。現段階では、不妊症に関連する検診制度はありません。しかし、もし妊娠しにくい体質であったり、何らかの異常があるのであれば、なるべく早く察知して生活習慣の改善に取り組むことが重要です。そんな早期の体質改善を促すためにも、検診を行うことは意義があると考えています。
 私はこれまで、患者さんの役に立とうという思いから、さまざまな研究に取り組んできました。その成果を形にし、自らの手で送り出すということは、私の夢でもありますね。その人に合った薬やサプリメントをより多くの方々に提供し、体質改善の裾野を広げたい。そう思っているんです。
 周産期医療の延長線上には、少子化問題があります。私は、産婦人科医とは、この問題の最前線に立つ医療人であると考えています。現在は、生活習慣の悪化による不妊症や、晩婚化に伴う合併症妊娠など、社会の変化と共に妊娠、出産がだんだんと難しくなってきています。その中で私たち医師は、女性の健康増進や病気の予防にますます努めなければなりません。安心して出産できる環境を作り、元気な赤ちゃんを産んでもらう。それが、地域活性化のためにも必要不可欠なんです。そのために私たちは、お母さんが子供を妊娠する前から無事出産するまで、しっかりとサポートし、見届けていかなければならないと思っています。

取材日:2011.7



埼玉県生まれ 静岡県浜松市在住


【 略 歴 】

1980浜松医科大学医学部 卒業
浜松医科大学産婦人科 研修医
1982遠州総合病院 勤務
1988浜松医科大学大学院医学研究科博士課程 修了
浜松医科大学医学部 助手
1994浜松医科大学医学部 講師
1999浜松医科大学医学部 教授
2004浜松医科大学医学部附属病院 副院長
2008静岡周産期医師長期支援プログラム 代表
2009アルギニン・葉酸サプリメント(商品名:エンゼルストーク)発売

一覧に戻る(TOPへ)