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理事長自らが実践者として説く男女共同参画が、
「地域のホームドクター」としての糧になる。

三島信用金庫

三島信用金庫


三島信用金庫 理事長

稲田精治(いなだ・せいじ)


- WEBサイト -

三島信用金庫

「共存同栄」を願い、地域と共に歩んだ100年


 三島信用金庫(さんしん)は、今年(2011年)1月21日に創立100周年を迎えることができました。創業者の大村善平は、中小企業復興を目的とし、24歳だった1911年に「有限責任三島信用組合」を設立しました。若さと熱意から、365日24時間営業、10年間無報酬という「三箇条の御誓文」を掲げてのスタートでした。100年は決して平坦な道のりではありませんでしたが、地域の皆様に支えられ、現在まで発展してきました。県東部と伊豆地域を営業エリアとし、今年8月現在、常勤職員794名、52店舗、会員数6万3000人の信用金庫へと成長しています。
「さんしん」では、地域社会とともに栄える「共存同栄」を経営理念とし、地域に密着したさまざまな活動に取り組んでいます。2007年に私が理事長に就任した際には、身体のかかりつけ医が医者なら、財産のかかりつけ医は「さんしん」と、「地域のホームドクター」宣言をし、商標登録も行いました。ご預金、ご融資、資産運用などのお取引や各種ご相談を通じて、お客さまの悩みや課題にお応えできる存在をめざし、現在、業務の見直しも積極的に行っています。
 昨年6月から今年にかけて、創立100周年の記念行事も多数開催しました。目的は、皆様と歩んだ100年間への感謝と、次の100年へと向かうための絆づくり。文化芸術、観光、産業、教育、環境を見据えた地域形成。そして、次世代を担う子どもたちの応援――そこには、より一層お客さまに喜んでいただける信用金庫となるための誓いが込められています。
 その1つとして、たとえば、伊豆半島在住の芸術家を紹介するために新設した「さんしんギャラリー善<ZEN>」があります。有名無名を問わず、可能性をもつ人たちの育成を目的とし、企画展を専門に行っているのが特徴です。また、100周年を記念し、9名の陶芸家の方とコラボレーションし、日本最古の仮名書きの暦といわれる三島暦をモチーフにした「創作 三島暦の抹茶茶碗」の制作も行いました。これらの活動は、「さんしん」にとって文化産業という新たな視点に立った取り組みであり、作家の方々との「共存同栄」をめざすものであると捉えています。
 この他にも、さまざまな事業に取り組まれている地域の方を掘り起こし、社会に発信することを目的とした「夢企業大賞」の創設をはじめ、東京フィルハーモニー交響楽団を迎えた記念コンサート、職員による富士山クリーンアップキャンペーンなど、さまざまなイベントも行いました。三島信用金庫は地域とともにあり、地域とともに発展したいと願っています。そのために、これからも地域の可能性を広げるお手伝いができればと考えています。

女性の活躍の場を広げる「ポジティブ・アクション」

 私たちが「地域のホームドクター」としてお客さまの課題を解決していくためには、職員が働きやすい職場環境を整えることが必要です。私は、職員が意欲的に仕事に取り組むことで、より質の高いサービスの提供や地域社会への貢献が可能になると考えているんです。
 そのための施策として、今年1月、職場における男女共同参画を推進するために「ポジティブ・アクション(女性活躍推進計画)」を策定しました。女性の職域拡大、管理職に占める女性の割合を現在の2倍以上にすること、職員のワーク・ライフ・バランスの実現などを今後3年間の目標に掲げ、さまざまな取り組みを行っています。
 たとえば、新たな職務に配置する女性のための特別研修の実施や、女性管理職間のネットワークづくり。さらに、両立支援措置の充実、柔軟な出退勤時間による残業時間の削減などにも取り組んでいます。
「さんしん」では、女性職員の活躍の場を広げることが以前からの課題でした。そこで、ポジティブ・アクション策定に先立ち、元県副知事で、労働省(現厚生労働省)婦人政策課長や職業能力開発局長を務めた坂本由紀子さんに、職員の意識調査をお願いしたんです。
 この調査では、昨年5月から3ヵ月をかけ、全店舗の女性職員と各支店長への面接を実施しました。結果は、ポジティブ・アクション宣言にも反映されています。また、坂本さんには昨年8月1日付で理事に就任していただき、「さんしん」に新たな風を吹き込んでいただいています。
 取り組みの成果としては、昨年3月末時点で25名だった役席者を45名まで引き上げることができました。また、昨年10月には初となる女性支店長も誕生しています。
 今後の課題としては、人事評価制度の見直しにも着手したいと考えています。現在、「さんしん」では女性職員の多くが事務職として働いているのですが、営業職が加点方式での評価を行っているのに対して、事務職は実質的に減点方式となっており、評価を得にくい状況となっています。というのも、事務職の仕事はきちんとこなしている状態をベースとして考えるため、それ以上の評価をすることが難しく、逆にミスをすると減点されてしまうんです。職種の違いで評価が偏らないよう、事務職の評価をもっと高めていこうという視点も、ポジティブ・アクションには盛り込まれています。

障がい者の経済的自立を支援する子会社を準備

 中小企業の復興をめざしてスタートした三島信用金庫ですが、50周年を迎えた1962年に「社会福祉法人 三信福祉協会」を設立しています。目的は、創業者である大村善平の念願であった、国や自治体による救済の手が届きにくい方々を救うことでした。以来、毎年一定額を出資し、その資金をもとに生活困窮者に対するさまざまな支援を続けています。
 それから50年を経て、100周年を迎えた今、私は理事長として何ができるだろうか――そんな自問自答をするなかで私は、少子高齢化に伴い、障がい者の自立がより求められている現状に思い至りました。
 障がい者支援にはさまざまな形があります。私は、なかでも彼らの経済的な自立を支援することが今もっとも大切であると考え、応援していこうと決めたんです。また、そのなかでも雇用が難しいとされる知的障がいのある方々のサポートを視野に入れました。そこで、来年4月に障がい者の会社「さんしんハートフル株式会社」(仮称)を設立し、特例子会社化を図るべく、準備室を今年4月に立ち上げました。
 さんしんハートフルの設立は、障がい者の雇用創出という目的以外に、職員のワーク・ライフ・バランスを推進する上でも意義があると考えています。たとえば、職員の時間外労働の大きな要因の1つである、作業的な業務を委託することで、職員の残業を減らすことができます。作業的といいましても、補助的な仕事というわけではなく、これまで職員が対応していた業務のなかで、障がい者の方々にもお願いできる仕事を抜き出すんです。役割を細分化し、各自の能力に合った仕事をしてもらうというのが私の考え方です。
 時間外労働――なかでも突発的な労働は、職員の家庭生活にも影響を及ぼします。育児や介護をしている職員にとっては、さらに大きな負担となります。ですから、彼らの課題も視野に入れたワーク・ライフ・バランスを実現するために、計画的に業務をすすめることができる仕組みが必要なんです。そのためにも、さんしんハートフルで障がい者の方々に働いていただくことは有意義なことであると考えています。

障がい者の働きによりブランドイメージ向上に

 私は、さんしんハートフルという会社を通じて、障がい者の皆さんに生きがいや働きがいを感じていただくとともに、彼らに三島信用金庫のブランド価値を高めてもらいたいという思いももっています。
 一例として、プランターに花を植え、全店に置きたいと思っているんです。花の仕入れや管理をお願いすることができれば、職員が時間外労働をすることなく店舗のイメージアップを図ることができますし、きれいな花が咲いていれば、訪れた人も気持ちがいいですよね。お客さまに「きれいですね」と言っていただければ、障がい者の方々にとって仕事をする喜びにも繋がると思います。
 また、お客さまにお渡しする粗品についても現在検討しています。「さんしん」のイメージキャラクター「みゅうくん」のかわいらしい刺しゅう入りのふきんを制作し、お客さまにお配りしたいと思っています。ふきんをキャンバスに見立て、そのなかに自由に刺しゅうをしてもらえれば、きっとおもしろいものができると思いますね。健常者なら決まった位置に同じように刺しゅうするのでしょうが、彼らは自由にいろんなものを作ってくれるでしょう。他にも、胡蝶蘭に似たデンファレの花も粗品として提案しています。デンファレを液肥入りの容器に挿す作業であれば、障がいの程度が重い方でも対応していただけますし、粗品で1輪挿しの花がもらえる金融機関というのもあまりないと思います。私は、そんな小さな心遣いが大切だと思いますし、それはさんしんハートフルでなければできないことだと考えています。
 特例子会社というと、コスト削減が目的というイメージをもたれる方もいます。しかし、私にとっては、閉塞している社会のなかで「ワクワク感」を与えてくれ、そして三島信用金庫のブランドイメージを高めてくれるという点において、非常に価値のある存在だと考えています。

43年間の共働き生活で培った「半分ずつの子育て」

 私がポジティブ・アクションを推進するのは、私自身の家庭での経験が原点としてあることも、大きな理由であると思います。
 私の妻は高校の教員で、この9月に65歳となり、定年を迎えました。私たち夫婦は、43年にわたり共働きを続けているんです。子どもは娘が1人おりますが、実は、彼女は産まれてから3年間は、ほとんど妻の実家に預けたきりでした。というのも、私も妻も仕事を続けたいという思いが強く、当時夫婦2人で働くとなると、子育ては両親に任せるしか方法がなかったんです。夫婦共働きでも育児ができるように、企業がサポートすることはできないのだろうか――私は自身の経験から、長年そう考え続けていました。
 娘が3歳になったとき、私は妻が仕事を辞めるものだと思っていたのでそう切り出すと、妻は「私はお父さんと2人で、半分ずつ子育てする」と言ったんです。妻がそう言うものですから、その後は、結果としてそうなったという感じですね。私も妻も、忙しい仕事を抱えながら、それを乗り越えて育児をしました。時間をやりくりし、娘の運動会には夫婦揃って応援にいきましたし、学校のことにも関心をもつようにし、先生方ともよく知り合うようにしました。私は個人的なボランティア活動を36年間続けているのですが、その一環で、娘を連れて公園のペンキ塗りに行ったり、朝6時に娘を起こし、街の地下道の清掃に連れて行ったりもしました。
 妻が修学旅行などで留守にする際には私が休暇をとるようにし、その間はすべての家事もこなしました。私たちは、家事については分担するのではなく、早く帰ってきたほうがすることにしていたんです。当時、私は朝7時前には出勤していたので、早く起きて自分で弁当をつくることもありました。
 とはいえ、2人とも仕事にかかりきりになってしまうことももちろんあります。そういうときは、近所の方にお願いし、子どもの保育園に迎えにいっていただき、夕飯もその方の家で食べさせてもらっていました。夫婦2人だけで子育てをしていくというのは、やはり難しいと思いますね。私たちも、身近な人たちに応援していただいたからこそ、何とかやってきたんです。

お互いの仕事の話をし合うことで自らを高める

 私たち夫婦は、家事も子育ても連携して乗り切ってきましたが、それはコミュニケーションがしっかりとれていたからこそできたことだと思いますね。お互いのことをよく把握しているからこそ、早朝から仕事に出掛ける私を妻が支え、妻が疲れているときには私がカバーする。そういうことが自然にできたんです。
 妻は、教師として43年間、よく働いたと思います。私がその間、妻にしてあげられたのは、彼女に精神的なゆとりを与えられたことでしょうか。忙しいときでも夫がいる。そう思うことで、ブレーキをかけることなく仕事に打ち込めたのだと思います。
 おかげさまで、妻は私に対して「私は見る目があった」と言ってくれます。定年まで第一線で働くことができたのは、夫の応援があったからこそできたことだと。しかし、私は、それぞれが仕事をもっていたからこそ、社会人同士としていろんな話ができたのだと思っているんです。お互いに違う環境のことについて話し合うなかで、反省したり、学ぶことがあり、そこから2人とも成長することができたのではないかと思います。妻がパソコンに不慣れな頃に、試験問題の原案をもとに私がデータを作成したことも懐かしい思い出ですね。彼女の担当は国語なのですが、私が古典に詳しいのはその頃の経験の産物です(笑)。それらすべてのことが、信用金庫での仕事では触れることのないものであり、現在仕事をする上でも、私の糧となっていると感じますね。
 このことは、共働きの夫婦共通のことだと思います。ですから、夫婦で働く職員には、共働きという状況を、自らを高めていくきっかけと捉えてほしいですね。ポジティブ・アクションを導入した背景には、そんな私自身の経験に基づいた思いも込められているんです。

意識改革を促すために自ら職員に語りかける

 私は、ポジティブ・アクションを推進する上では、男女を問わず、職員の意識改革がとても重要だと考えています。役割分担意識を解消するために、現在定期的に職場懇談会を実施しているのですが、それらの機会をとおして職員には私の考えを直接伝えるようにしています。この取り組みがなぜ必要なのか、今どのプロセスのどんな位置にいるのかを伝えるのも私の役割だと思っています。
 職員と接していると、この1年ほどの間に、金庫内風土が着実に変わってきているのを感じます。たとえば、最近では女性職員がどんどん手を挙げ、私に質問をしてくるようになりました。これは以前にはあまりなかったことです。特に若い世代の考え方が変わってきているので、そこから全体の意識改革へと広げていけたらいいですね。
 職場懇談会では、男性職員の育児休業取得の必要性についても話をしています。私は、子どもが生まれたら全員、短期間でも休暇をとってほしいと考えているんです。しかし、男性職員の間には仕事が最優先という意識が根強くあり、育児休業期間を一部有給にするなどしても、なかなか取得者は生まれませんでした。 そこで、とにかく事例を作ることが必要だと感じ、今年に入ってから20代の男性職員に、半ば強引に、1週間の育児休業を取得してもらいました。結果としては、短い期間でも、妻の育児の苦労を実感したり、新たな発見ができたということでした。
 私は、たとえば育児のような、職場では得られない経験を職員にさせたいんです。そしてその経験を他の職員、さらにはお客さまにも伝えていってもらいたい。そうしたことを積み重ねれば、これまでと違う視点でお客さまと話ができるようになりますし、他の人にできない提案もできるようになっていくと思います。
 私は、理事長に就任して以来、強い思いをもち、自らが思い描く夢や将来への希望を実現すべく、行動してきました。今私が望むことは、これまでの自分の経験から得たものを三島信用金庫に染み渡らせ、活かしていくこと。ポジティブ・アクションもその1つであり、それによって、育児や介護を理由に職員が去るようなことのない職場を築きたいと思っています。
 それが、私にとって職員を大切にするということなんです。少子高齢化で人口が減り続けるなかで、女性も男性も、障がい者もすべての職員が私にとって大切な財産です。彼らがいきいきと働き、地域のホームドクターとして街を元気にしていく。そんな三島信用金庫と地域の未来を描きながら、私はこれからも活動を続けていきたいと思っています。

取材日:2011.9




【 沿 革 】

1911産業組合法に基づき、有限責任三島信用組合を大村善平が設立
1951信用金庫法に基づき、三島信用金庫に改組
1962社会福祉法人 三信福祉協会 設立
2006伊豆信用金庫と合併
2007第5代理事長に稲田精治が就任
「地域のホームドクター」宣言
2010富士山中小企業支援ネットワーク 開所
「サポートセンター夢」開設
初の女性理事誕生
初の女性支店長が伊東駅支店に誕生
2011さんしんギャラリー善<ZEN>新設
三島信用金庫 創立100周年

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