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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

男性が抱える悩みは幅広く、とても深いもの。
男女がより良く生きるための男性支援を!

佐野修(さの・おさむ)

佐野修(さの・おさむ)


メンズ・サポート・しずおか 男性電話相談員



男性電話相談員として勉強し続ける日々

 私は、70歳まで現役を続けた、いわば仕事人間です。高度経済成長時代の真ん中で、忙しくも楽しい職場で、休暇をとることもなく働き続けました。責任もありましたし、やりがいも感じていました。健康にも同僚にも恵まれて、気づいたらこの年になっていたわけです。区切りをつけたのは、家族が私の身体を心配したからなのですが、私としては、退職時にもまだ働きたい気持ちがありました。ですから、退職後のことについてなど、考えたこともありませんでした。
 退職して9年が経ちますが、その間にも多くの出会いがありました。現役時代には考えもしなかったことについて、さまざまな人々と語り合いました。そして、私のなかで大きな意識改革が起こったのです。もちろん、現役時代には想像しなかったことです。しかし、そのおかげで多くの仲間ができ、家族との生活もより楽しめるようになりました。
 現在、私がもっとも力を注いでいることは、男性電話相談の相談員としての活動です。男性の生き方や悩みをともに考え、学ぶことを目的とした市民活動団体「メンズ・サポート・しずおか」の一員として活動を続けています。
 男性の悩み事とは、とても深く、幅広いものだと感じます。家庭や夫婦の問題はもちろん、仕事、同僚、職探しなどさまざまな場面で、深刻な悩みを抱える人が本当に多い。にもかかわらず、身近に相談する人がおらず、1人でいろんなものを背負っているんです。
 私たち相談員は、相談してくださる方の悩みを解決することはできません。結論を出すこともできませんし、参考になるアドバイスをすることもあまりありません。できるのは、その人がやる気を起こし、自ら考えてもらえるように、耳を傾け、その人がどうしたいと思っているのかを聞くこと。その人の本心がどこにあるのか、本当の心のなかを知るために、その人に寄り添っていくことです。しかし、それは本当に難しい。だからこそ、私たちも勉強し続けることが大切なんです。

悩みを1人で抱える男性には電話相談の場が必要

 たとえば、心理学がご専門の先生をお招きし、相談内容の分析をしていただくこともあります。これは、自分が担当した事案を振り返ることができますし、他の方の例も聞けるので大変勉強になるんです。先生には、「この人の本心はこうなのではないか」といったアドアイスをいただくこともありますし、相談員としての受け答えについて指摘もしていただきます。たとえば、声音ひとつとっても、陽気すぎるのもいけないですし、暗くなってしまうのも良くない。その人の言葉や話の内容に応じた語調やタイミング、話術なども求められるんです。
 ときには、対応を間違えることもあります。とくに最初の頃は、今では決して言わないことを言ってしまうこともありました。たとえば、「それはあなたが間違っている」と言う言葉。そのとき、私はその人の言うことが間違っていると思い、そう言ったのですが、これは言ってはならないことなんです。相談者は他に悩みを聞いてくれる人がいなくて電話しているのに、「間違っている」と言われてしまうと、行き場所がなくなってしまう。それで、その後の行動に悪影響を及ぼしてしまうこともあるんです。あくまで、その人の悩みに寄り添う姿勢が大切なのですね。私たち相談員も、この対応はよかった、ここは他の言い方があったのではないかと、試行錯誤しながら学んでいくんです。
 最近では、受話器をとおして伝わってくる空気――たとえば言葉使いや息使いといったもので、その人が本当に苦しんでいるのだということが感じられるようになってきました。電話をかけてこられる方のなかには、面白半分なのではないか、作り話なのではないかと思うようなことを言う方もいらっしゃいます。きっと楽しんでいるだけだろうと。しかし、そういう方も、本当は何かを相談したくて電話をしているんです。そんな、言葉の裏にある本当の心を見つめるよう、私はいつも努めています。
 電話相談とは、受ける側にも負担が大きいものです。重い内容の相談を受けると、相談員自身が精神的にまいってしまう。「この人はこれからどうしていくのだろう」「このままでは生きがいをなくしてしまうのではないか」と気持ちが沈んでしまうこともあります。本当は名前を告げて、いつでも相談してもらえるようにしたいと思うこともありますが、それはもちろんできません。しかし、少なくとも真剣に話を聞いてくれる人がいるだけで、その人にとって心が安らぐのではないかとも思うんです。本当は家族に相談できればいいのですが、男性にはそれができない人もいる。そんな人たちにとって、電話相談の場は必要なものなのです。

男性同士が自由に悩みを語り合う難しさを実感

 私は、男性電話相談を始める以前に、「静岡メンズクラブ くるま座」という集まりを立ち上げました。目的は「男の井戸端会議」をすること。肩の力を抜いて、男性同士で気軽に悩みを打ち明けられる場を作ろうと思ったのです。場所は「静岡県男女共同参画センターあざれあ」の企画室をお借りし、月2回、平日の夜に開催しました。
 規約や義務などはなく、お互いにフラットな関係で、ルールを作らないことをルールとしました。人の話を聞くだけでも心は癒されますから、話をしたくない人は、他の人の悩みを聞くだけでもよしとしました。
 発足当時は、スーツにネクタイ、鞄を携えたサラリーマンや、商店を営む男性などが集まってくれましたね。私はそこで、自らの打ち明け話から始め、皆で本音を語り合おうと努力しました。しかし、男性同士で思ったことを率直に言い合うというのは、難しいものなのです。初対面の人同士で打ち解けることも難しければ、本音を引き出すのも難しい。仕事上の悩みを話そうと思っても、一方で、万が一会社に知られたら困るという意識が働いてしまう。家庭内のことについても、さらりと話すだけで、どうしても表面的な内容にとどまってしまうんです。わざわざ足を運んでくれたのですから、本当はもっと悩みは深いはずです。しかし、話し合いをしましょうと呼びかけても、お互いの心に深く入り込むことはできませんでした。それで結局、2年ほど続けたのですが、一旦休むことにしたんです。
 私は、ある男性学の講座を通じて知り合った大学の先生にご紹介いただき、大阪で活動する男性サポートグループと交流していたんです。そこでは、たとえばドメスティックバイオレンス(DV)など、同じ悩みをもつ人の集まりがありました。共通の悩みがあれば話し合いができるんですよね。そこで、私もそういうアプローチを考えました。しかし、静岡では参加する人が限られてしまいます。それでは、覆面でやったらどうだろうとも考えました。けれども、それも不自然です。どうしたら男性が対面で悩みを打ち明けられるか、私なりにいろいろと考えたのですが、結局これといった妙案は浮かびませんでした。直接話し合うことが難しいのであれば、電話で話すしかないのではないか。私は次第にそう考えるようになり、男性電話相談に関わるようになっていったんです。

男女共同参画を共に学ぶ女性たちに目を開かされる

 私が男性問題に関心をもつようになったのは、退職したばかりの頃、男女共同参画を学ぶ講座に参加したことがきっかけでした。私には、退職してからは仕事の延長のようなことではなく、自分の至らないこと、知らないことについて勉強したい気持ちがあったのです。そこで、未知の部分である「男女共同参画」の世界に興味をもったわけです。
 受講したのは、「あざれあ」の「男女共同参画ナビゲーター養成コース」。10ヵ月間ほどのコースで、週2回、10時から16時までみっちりと勉強しました。修了後には引き続き、「男女共同参画ファシリテーター養成コース」も受講しました。
 受講当初は、戸惑うことばかりでした。予備知識がまったくなく「ジェンダー」なんて言われてもさっぱりわかりません。男性も大勢いると聞いていたのに、実際は30名ほどのなかに4名しかおらず、しかも女性は元気があって優秀な方ばかり。なんとなく肩身の狭い思いをしていましたね。それでやめようかとも思ったのですが、ワークショップや飲み会などで彼女たちと接するうちに親しくなり、共感する部分もでてきたんです。
 彼女たちは、私にも本音で語ってくれました。「うちの主人はこうなんだけど、あなたはどう思う」と私に言うわけです。私は、その旦那さんとまったく同じことをしていたのですが、「そうだよね、腹がたつよね」と(笑)。彼女たちは家事をすることが不満なのではないのです。一生懸命に家事や子育てをしても、夫が「ありがとう」「ご苦労さま」「済まなかったね」とは一言も言わず、妻が家のなかのことをするのは当たり前だという態度をとるのが悔しいと言うのです。「一言でいい。ありがとうと言ってくれればもっと頑張れるのに」という彼女たちの話は、もっともなことだと思いました。
 講座修了時には、このまま終わるのはもったいないということで、20人ほどで「ふぃーる21」を結成しました。男女共同参画に関するワークショップを開催したり、「あざれあ」のイベントで寸劇を披露したりしました。出前講座も積極的に行いましたね。「男女共同参画」という言葉はとっつきにくいからと一切使わずに企画を練りました。例えば、化粧品メーカーの方を講師に招いた「アンチエイジング」講座や、元大手百貨店の部長さんを迎えた「大人のおしゃれ」講座など。男性向けに「頭髪ケア」や「アフターシェービング」をフックにした企画も考えました。本当にあの手この手です(笑)。女性や男性が惹かれる要素を盛り込みつつ、男女共同参画について語り合う趣旨で、好評をいただきました。
 私はそこでも自らの話をしました。私自身の家庭での至らなかったエピソードを語ることで、受講者の方々に自身のことについて目を向けてもらうためです。と言いましても、私自身は、その頃には男女共同参画についての理解も深まり、家庭での態度も変化していました。

「ありがとう」「おいしいね」の一言が妻を笑顔に


 講座をきっかけに、私は妻と向き合って会話をするようになりました。現役時代は、家庭内のことに関心を払わず、妻の話も何となく聞き流してしまっていたんです。ですから、妻が以前言ったことに対して、私が「聞いてない」と言うと、妻は「あなたは私の話をいつも聞いていない」と、こうなるわけです。しかし、講座の受講生の方々と関わるようになり、それではいけないと思ったのですね。そこで、まずは「ありがとう」と言うように心掛けるようにしました。それだけのことでも、私にとっては、意識して努力しなければなかなか言えるものではないのです。心のなかで思ってはいても、これまで何十年間も言ったことがなかったのですから。
 妻の作る料理にも「おいしいね」と言ったことはありませんでした。本当はおいしいと思っていたんですよ。私は仕事で外食する機会が多く、おいしいものもたくさん食べましたが、うちの家庭料理も決して負けないと思っていました。しかし、何も言いませんでしたから、妻は私がおいしいと思っているかどうか、わからなかったでしょうね。それは張り合いのないことだったと思います。
 少しずつ、気持ちを表せるようになると、妻も変わってきたように思いました。心なしか、笑顔が少し増えたような気がしますし、以前にもまして明るくなったように思いましたね。展覧会や演劇を観に行ったり、東京で暮らしている娘に会いにいったりと、夫婦で出かけることも増えてきました。妻は、私が退職してから夫婦で旅行に出かけたりするのを楽しみにしていたのですが、結局10年も延びてしまったものですから、そのことは今でも言われますね。私が仕事に追われ、家事も育児も妻任せだったことに対しても、「本当はすごく心細かった」と今では言います。妻と向かい合って話をするようにならなければ、彼女がそんなふうに考えていたことも気づかないままだったでしょう。
 私は、男女共同参画を学んだことで、退職してからも活動をともにする仲間ができ、家庭でも楽しく過ごしています。しかし、男性、とくに団塊世代の人々は、「男だから」「男なのに」という意識に縛られている人が本当に多いのです。その意識を解き放てば、どんなに楽しいか――それを私は今、皆さんにお話してまわっているんです。

「料理塾」が退職後の仲間づくりの場となる

 退職後に始めたことの1つには、料理もあります。静岡市主催の料理教室に通ったことがきっかけで、その後「男の料理塾」を結成、今でも月に1回開催しています。料理に興味をもったのは、その頃「男の自立」が盛んに言われていたことと関係しています。男性の自立とは、簡単に言えば、自分のことは自分でできるようにするということ。実生活の面でも、精神面においても、男性は女性から自立するべきだ、そう言われていたんです。そこで、自分にできないことは料理だな、と思ったわけです。
 私は、独身時代にこそ簡単な料理を作ったことはあるが、結婚後は一度も台所に立ったことがないという状態でした。料理教室の仲間は30人ほどで、50~60代が中心だったのですが、ほとんどが私と同様、料理については素人ばかり。道具の使い方や調味料の見分け方というところからはじめ、味付けでも砂糖と塩を間違えては大騒ぎです(笑)。しかし、彼らとはいい友人になれたので、料理教室の場以外でも釣り同好会を作ったり、野菜を作っている仲間がジャガイモ掘りに誘ってくれたりと、楽しくやっています。
 私も今では上達し、レシピもたくさんあるのですが、家で料理をすることはあまりありません。というのも、妻に、私に料理や家事をしてほしいと思うか聞いてみたんです。すると妻は、「私は専業主婦として家事や育児をしてきたから、とくにあなたにやってもらおうとは思わない」と言うんです。ただ、自分が家を空けなければならないときに安心できるよう、また他の人に頼らないで済むよう、そういうときのために1人で何でもできるようになってもらいたい。それが望みだと。たしかに、いざというときに1人で何でもできるということは、自立に違いありません。

女性の暮らしやすさは男性の意識改革から


「メンズ・サポート・しずおか」では、男性電話相談以外に、「さらば ギクシャク人生!男もつらいよ!?」と銘打った講演会も開催しています。今回が第2回なのですが、初回が30名ほど、今回はすでに55名ほどのお申し込みをいただいています。男性向けの講座で50人以上が集まるというのは異例のことです。子育て後の夫婦の性やコミュニケーションをテーマとしているのですが、30代から80代まで幅広い方が参加を希望してくださっています。
「男もつらいよ」。このタイトルに共感する男性がたくさんいるのだと思いますね。女性もつらいけれど、男性もつらいのです。私は男女共同参画を学び、このことを実感しました。
 講演会では、参加者にアンケートに答えてもらい、今後の男性講座に望むことを書いてもらっています。現段階では講演会のみの構成ですが、私自身は、今後の課題としては座談会などがあってもいいのかなと思います。以前「くるま座」で取り組んだときにはうまくいきませんでしたが、最近では男性の意識も変化してきているのを感じます。今後の可能性に期待したいと思いますね。
 退職後に、何の計画もないまま足を踏み入れた男女共同参画の学びですが、そこから始まって、現在の私の役割は男性支援にあるのだと思っています。私は、女性にとって暮らしやすい社会とは、男性の意識が変わってこそ生まれるものだと思うんです。そのためには、男性もサポートしていかなくてはなりません。
 現時点では、女性向けのものに比べると、男性講座は数も種類もごくわずかです。私のように男性として活動をしている人も少数派です。しかし、男性に語りかけるには、やはり同性である男性のほうが受け入れやすい部分はあるでしょう。その点で私はお役に立てると思っています。
 最終的には、電話相談という形であれ、グループでの話し合いという形であれ、女性も男性もより良く生きていくためにお互いに共感し、学んでいける、そんなシステムが生まれればいいですね。そして私は、そのお手伝いができればいいなと思っているんです。

取材日:2011.9



三重県生まれ 静岡県静岡市在住


【 略 歴 】

2002退職
「アイセル男の料理塾」結成
「静岡県男女共同参画センターあざれあ」講座「男女共同参画ナビゲーター養成コース」修了
「ふぃーる21」発足、メンバーに
2003「静岡県男女共同参画センターあざれあ」講座「男女共同参画ファシリテーター養成コース」修了
2005「静岡メンズクラブ くるま座」結成
2008大阪男性サポートグループと交流
メンズ・サポート・しずおか 結成

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