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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

主婦のサークルからNPO法人へ。
母親の視線と子育ての経験を活かしたITビジネス。

松田直子(まつだ・なおこ)

松田直子(まつだ・なおこ)



特定非営利活動法人イー・ランチ 理事長


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特定非営利活動法人イー・ランチ

その気になれば主婦も専門的な仕事ができる!

 小学校でパソコン教室の非常勤講師を始めたのは1998年。それまで7年間、専業主婦として子育てしていました。どうしても働きたいと思っていたわけではなく、夫がIT関連の仕事をしていたので、家にパソコンが何台かあったんですね。家で子供と遊んでいる合間に触っているうちに、少しずつ操作を覚えていきました。
 そんなところに、たまたま「小学校でパソコンを教える仕事をしてみませんか」というお誘いをいただいたんです。週2回4時間ずつ、担任の先生のアシスタントとして授業に立ち会い、パソコンのトラブル対応や、子供の面倒を見る仕事だと伺ったので、「それなら私にもできるかな」とお引き受けしました。
 ところが実際に行ってみたら話が全然違っていたんです。担任の先生はパソコン室に入ってくるなり「じゃあ、よろしくお願いします」と、子供たちと一緒に席に座られてしまった。「えっ先生、授業は?」と言うと、「僕はパソコンよくわからないんです。お任せしますよ」と悪びれもせずニコニコされていらして、もう返す言葉もなくて……。1人で授業をせざるをえない状況になってしまいました。
 そのときの小学校のマシンは、ウィンドウズ95よりも古い3.1というバージョンで、初めて見る教育ソフトが入っていました。マシンは頻繁に不具合を起こすし、印刷もうまくできない。もう1つ困ったことに、学校側が何年生対象の授業があるかを事前に教えてくれないんです。1年生ですと、当時はマウスを触ったことのない子も結構いますから、そのあたりから教えないといけません。6年生になると調べ学習のレポートをまとめたいというリクエストなんかもあります。学年によって教えられる内容が全然違うわけです。
 とにかく毎回いろいろなことに1人で奮闘しなければならず、綱渡りの連続でしたね。1年契約なので「1年たったら辞めよう」と決めていました。引き受けた以上、途中で辞めるのは悔しいので、「絶対やり遂げてやる」って意地になっていたんです(笑)。そしたらもう1年来てほしいと言われまして、結論から言いますと「もう1年」が続いた結果、11年間、小学校のパソコン非常勤講師をやらせていただきました。
 体力的にも精神的にも大変でした。家に帰ってくると放心状態で、夕飯をつくる気にもならない。子供が帰ってきても「ごめん、お母さん今日ちょっと具合悪いから放っておいて」とか。そんな感じで乗り切ったんですけど、乗り切ったおかげで妙な自信がついて、「やれば何とかなるな」と(笑)。その気にさえなれば、主婦でも仕事はできるということを実感したんです。

「主婦の私にできたこと」を広げるサークル活動

 しかし、それ以上に強く感じたことは、自分が勉強したことを教える楽しさです。子供たちはすごく無邪気ですから、授業がうまくいったときは超ご機嫌で、教室から出ていくときハイタッチしながら口々に「またね」と笑顔をくれる。こちらがお金をいただいているのに、その場で「ありがとう」って言われるんです。お店でもビジネスでも「ありがとうございました」を言うのはお金をいただく側ですが、全く逆なわけですね。そういう仕事って、あまりないと思いました。
 学校ではパソコンを教える人材が不足していました。それで、「普通の主婦だった私にできたのだから、他のお母さんたちにも協力してもらえないだろうか」と思うようになり、2000年に任意サークルでパソコンのミセススクールを立ち上げました。当時はまだ家庭で今ほどパソコンが普及していませんで、主婦のパソコン講師いうのが珍しかったんです。
 メンバーは8人。ちょっとやってみたいと思っているけれどよくわからないという方、ご主人がパソコン好きで家にマシンはあるけれど自分は触ったこともないという方、メールやネット検索が面白そうだからという方……。3ヶ月間でワードとエクセルを習得するという内容だったのですが、みなさん何らかの興味をおもちだったので、吸収が良くてどんどんスキルをマスターしていきました。
 3カ月間が過ぎる頃には、8人の間に強力な仲間意識が生まれていました。「これで解散するのはもったいない」ということで自主勉強会を続けることにしました。そのうちに、習った知識やスキルを社会に役立てるためのアイディア――公民館でのシニア向けに教えるパソコン教室や、教育委員会に掛けあって小中学校のパソコンの先生を増強しよう――といったことが話し合われるようになりました。
 それで2003年、NPO法人イー・ランチ(e-Lunch)を設立しました。任意サークルよりNPOの方が活動しやすいだろうということですね。
 しかし、教育委員会の壁は想像していた以上に厚くて、そちらのアイディアの実現は難しそうだということがわかってきました。私が小学校で教えていたのは、地域人材活用ということで、既に枠があったんです。書道の先生が国語の時間に習字を教えたり、ピアノの先生が音楽の授業に加わるというのと同じです。教育委員会としては、情報教育を充実させるために新たな人材を雇用することまで考えていなかったんです。ボランティアだったら可能性はあったかもしれませんが、私はNPO化したとき、ボランティアは一切しないと決めていました。

子供を見守る目線と子育ての経験でビジネスを

 ところがちょうどその頃、長崎県の佐世保で小学校の女子児童が同級生を殺害する事件があって、ネットの関与がマスコミで大きく取りざたされました。そのとき思ったのは、パソコンの操作を教えることさえままならない学校の先生方が、ネットの裏側の危険性を子供たちに伝えられるかどうか――ということです。ネットの安全教育であればニーズはあるだろうし、今後そうしたニーズは間違いなく高まっていくだろうと考えました。
 それで、息子が通っていた小学校にお願いして「ネット安全教室」を出前講座でやらせていただいたんです。佐世保の事件が起こるまで、ネットに潜む危険性についてお話しても、全く聞く耳をもっていただけなかったのですが、大々的な報道がきっかけとなって、学校も何らかの対策を講じなければいけないと気づいてくださったんですね。
 私たちは母親の目線で「子供たちにこれだけは知っていてほしい」という教材を作り、高学年向けにクイズ形式で、基本的なネットのルールとマナーを学んでもらいました。以来、母親として子供を見守る目線や子育ての経験を重視することは、イー・ランチの特徴的なスタンスになっています。
 ほどなくして、ネット被害でいちばん当事者になる可能性が高い中学生を対象にした安全教室をやってほしいという依頼があり、やがて高校生向け、携帯やパソコンを買い与える保護者向け、さらには学校の先生向けと対象が広がっていきました。
 私たちには「やれば何とかなる」というところも結構ありまして(笑)、女性特有のたくましさというか、完全なものが出来上がってから動き出すというより、「誰もやったことがないのだから、とりあえずやってみよう」というアプローチなんです。ですから、聴衆の反応や現場での反省点をフィードバックしつつ内容の改善を繰り返し、イー・ランチ独自のノウハウを確立してきました。それが社会的なニーズと相まって、事業として拡大していったんです。情報モラル関連の事業は現在、全体の活動の6割を占めるまでに成長しました。

ネット社会で子供を守るのは法規制より親子の絆

 情報モラルの活動については、この先も一定以上のニーズがあると思います。子供たちを取り巻くネット環境の整備については、携帯キャリアの仕組みづくりとともに国による法整備など、さまざまな対策案が議論されています。規制の一方で言論の自由という問題もあります。ネットの安全教室は、携帯会社、警察、消費者センターなどでも行っています。そうしたなか、私どもへの依頼が非常に多いというのは、やはり母親の視線が入っているからだと思います。
 保護者対象の講座では、フィルタリングなど技術的な対策もご紹介しています。しかしお母さんたちに最も申し上げたいのは、子供に携帯やパソコンを与えっぱなしにしておいて、無関心でいるのがいちばん怖いということです。IT化が進み、さまざまなコミュニケーションが可能になった社会だからこそ、子供に関心を払い、親子のコミュニケーションをしっかりとっておく必要があると思います。最後の決め手は、子供が本当に困ったとき、親に相談できる関係性を作っておくことです。それがイー・ランチの一貫した主張ですね。結局、問題の根幹は「親子の関係性」という問題なんです。
 講座ではお母さんたちに、「お子さんが使っているサイトを知ってますか?」とお聞きします。結構きわどいもの、子供たちの間で流行のゲーム画面などをお見せすると、「知らなかった」と皆さんショックを受けられますね。でも現在の流行を把握したところで、来年の状況はわからない――それがIT業界です。
 なので、「子供が何を見ているか、常に目を光らせて後を追いかけるのが親の役割ではないですよ」と申し上げるんです。そうすると、皆さんホッとされますね。そうではなく「何が流行ったとしても、根本的な親子関係がしっかりしていれば怖いものはない」とお伝えしています。「親には何も話さず、いじめを苦に自殺してしまう子供は、どうして親にひと言『ネットでいじめに遭ってる』と言えなかったんでしょう? そのあたりをよく考えてみてください」――そういう話は、自分たちが母親として子育てをしてきましたから、絶対に間違ってないという自信があるんですね。

専業主婦時代があるから活動を大切にできた

 任意サークルを立ち上げて10年が過ぎました。母親であり主婦であり、NPOを運営し、夫の会社でもマネージャーを勤めたりと、何足もわらじをはいてきましたから、本当にあっという間の毎日の連続でした。ただ、やはり子育てをしていた時期があったから、その後の活動を大切に続けてくることができたのだと思います。
 もちろん子育て自体も楽しんでいたつもりでいましたが、今思うと、子育てというのは、やはり小さな世界のなかの出来事なんです。子供と家にいたり、公園で「ママ友」と仲良くしたり、そういう人間関係のなかでいざこざがあったり……。小さな世界なりにいろいろあったんですけど、そういう世界を知っているからこそ、今いろいろな方と交流させていただいて活動することの喜びが、いっそう大きいのだと思います。専業主婦の時代がなく独身のままずっと仕事をしていたら、多分、そういう心境にはなれなかったと思います。

働くお母さんでも親子の絆を保つ方法はある

 夫は私が社会参加することを応援してくれていました。「やる気があるならどんどんやればいい。家庭に縛られることはないよ」とは言っていましたけれど、かといって家事を手伝うわけはなく、「家事に影響がない範囲でやってね」というような暗黙の了解がありました(笑)。しかし今では「ここまでやるとは思わなかった」っていう感じです。
 最近は「イクメン」という言葉があるくらい、若いお父さんたちの考え方が変わってきていますね。子供ができた時点から、奥さんや子供に対する関わり方が全然違う。社会そのものも、女性にとって社会参加しやすい方向に向かっていると思います。
 私の場合も、決して社会参加しにくかったわけではありません。しかし、「夫の協力がありましたか?」と聞かれたら「NO」です(笑)。応援はしてくれましたけれど、夫自身「自分は保守的な人間だ」と言っているくらいですから。
 でも、2人の息子たちは違いますね。いま上の子が20歳、下の子が高校3年ですが、本当によく家事を手伝ってくれるんです。私が忙しいのがよくわかるものですから、何も言わなくても夕方洗濯物を取り込んでおいてくれます。多分、彼らが家庭に入ったら、育児とか家事とか、当たり前のこととして関わるのだろうなと思います。
 今から思うと、私が仕事を始めたことで、息子たちは寂しい思いもさせたかなと思う部分はあります。だんだん勤務時間が長くなって、夜の会合とか講演とかも増えて……。しかし、ありがたいことにわが家の場合、そういう状況に子供たちが慣れてくれて、家庭崩壊みたいなことにはならなかった。仕事を始めたのが、上の子が小学生、下の子も幼稚園の年長さんのときでしたから、それより前だったら大変だったのかもしれません。
 でも、親子の絆というのは時間の問題ではないと思うんです。専業主婦でずっと家にいて、毎日20時間、子供とベッタリ一緒にいれば絆はしっかりするかと言えば、そうではない。その間、お母さんがずっと携帯ばっかりいじっていたら、それは問題だと思うんです。たとえ一緒にいる時間が短くても「今日は学校でどうだった?」とか、「お母さん今、小学生向けの講座やるんだけどちょっと聞いてくれる?」という話をするんですね。すると子供は「お母さん、ちょっとここが甘いんじゃない?」なんて言ってくれたり……。そういう日常的なやりとりが大切なのだと思いますね。

取材日:2010.8



栃木県生まれ 静岡県焼津市在住


【 略 歴 】

1998~2009 焼津市豊田小学校にてパソコン教室の非常勤講師をスタート
2000 静岡産業大学国際情報学部 非常勤講師
2000 任意サークル「イー・ランチ(e-Lunch)」を立ち上げる
2003 NPO法人イー・ランチ(e-Lunch)設立 理事長に就任
2003 小学校高学年を対象にした「ネット安全教室」をスタート
2007 焼津市教育委員会 社会教育委員
2008 NPO法人 静岡県男女共同参画センター交流会議 理事就任
2009 焼津市総合計画等審査委員

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