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医療用かつらを中心にがん患者の悩みを総合的にサポート。
看護視点のソーシャルサービス。

佐藤真琴(さとう・まこと)

佐藤真琴(さとう・まこと)


ヘアサプライピア 代表理事
株式会社ピア 代表取締役
看護師


- WEBサイト -

ピアの佐藤です

「病気になる前の生活」を取り戻すための看護

 ヘアサプライピアのベースにあるのは看護の視点です。そこが一般のかつらメーカーや販売店と大きく異なる点ですね。
 看護の仕事というのは、大きく2つの役割があります。1つ目は「医師の診療の補助」。病院の看護婦さんの仕事がそれにあたります。もう1つ「療養上の世話」。例えば脳梗塞で歩行が困難になった方いるとしますね。脳梗塞の後遺症は治らないわけで、麻痺と一緒に生きていかなきゃいけない。そういうとき、どこまで自立できるかという方法を探し、できるだけ以前の生活に近いところにゴールを設定し、そのサポートをすることも看護の仕事なんです。
 私は後者のような看護を地域でやりたいと思っています。医療財源が厳しくなるなか、私たちのように自主財源でサービスを提供するのであれば、地域での展開は可能です。国の医療費削減のために、患者さんたちの平均在院日数は近年、短縮傾向にあります。1992年の平均日数が40日だったのに対し、2008~09年では約10日。比較的長いといわれるがんセンターなどでも2週間が平均なんですね。
 こうなると、地域の中に病院に代わるような、看護サービスを提供する場所がいっぱいないと、立ち行かなくなります。私は、その1つのモデルを医療用かつらをツールにやってみたいと思い、ピアを始めました。

地域の病院に代わってサービスと情報を提供

 ピアは単にかつらを製造・販売するのではなく、「抗がん剤の副作用などで髪が抜けて日常生活が困難になった状態を、丸ごと何とかする」というコンセプトなんです。専用美容室でかつらが作れるだけでなく、帽子やヘアケア製品の販売もしていますし、最近食欲がないというご相談を受ければ「〇〇に行けば高カロリーのゼリーが売ってますよ」とアドバイスしたり。患者さんのQOL(生活の質)向上のためのサービスや情報を提供しています。
 なぜ私たちのようなサービスが必要かと言いますと、さっき申し上げたような医療費削減が進んでいくと、病院が提供できるサービスと、患者さんが求めているサービスとの間にズレが生じるからです。本当は病院でも幅広く行き届いたサービスをしたいんですよ。でも現実的には時間とお金がない。となると病院は患者さんの命を守ることを最優先して、それ以外の部分は病院外でやるしかないんですね。
 これは私の持論なのですが、がんも脱毛症もある意味、慢性疾患という捉え方ができると思うんです。現在、乳がんの死亡率は4人に1人。つまり罹患者4人のうち3人は寿命まで生きるんですね。医療財源が豊富な時代には1カ月以上の入院期間中に病院でいろんな相談もできたでしょうが、現在は1~2週間で退院させられる。となると、これからはそういう人たちを「地域」で支えなきゃいけないわけです。
 がんの手術をして退院すると、だいたい3週間に1度の抗がん剤治療と1カ月に1回の受診があって、月に2回は通院します。つまり月に2回しか行かない病院が、すべてのサービスを提供するのは無理なんです。「髪が抜けてきたから帽子が欲しい」と思っても、患者さんが欲しいと思うタイミングが通院日とは限らない。

「がんを自分で乗り越えた」という気持ちが大切

 病院で「がんです」と診断されると、2週間くらい検査をした後、1カ月のうちに治療が始まります。再発でない限り、みなさんがんの「初心者」ですから、精神的にも落ち着かない1カ月間に考えなければいけないことはいろいろあります。病気のこと、仕事のこと、家族のこと、お金のこと……。治療後のかつらのことまで、考えが及ばないのは仕方のないことです。むしろ病気や治療のことを優先して考えていただきたい。
 私たちは患者さんたちよりも患者さんのニーズを知っています。「この抗がん剤では、こういう抜け方をするんで、この時期に〇〇が必要です」というようなことを説明して、お客様のご都合を聞きながらスケジュールを相談していきます。仕事をしている方なら事前にかつらを作っておいて、1日でかつらに切り替えることも可能です。
 かつら作りは、あくまで患者さん主導で進めて行くことが大切です。「自分で乗り越えた」という達成感があるかないかで、仮に再発したとき、心構えが全然違うんですね。乳がんだと10年で3割の方が再発すると言われています。子宮頸がんだともっと確率が高い。再発したとき、1回目を何となく乗り切ったという方は、パニックになってしまうことが多いんです。なので、きっちりと「乗り越えた感」をもっていただくために、ゆったりしたスペースや時間、それに人間的なつながりを提供しています。
 でも「患者さんはかわいそう」というスタンスではないんです。患者さんたちをかわいそうと感じるのは家族や友人でいいんです。家族や友人は「かわいそう」と一緒に泣くでしょうけれど、私たちが一緒に泣いても何の役にも立たない。
 私たちは患者さんが置かれている状況を理解しています。髪がないというだけで、これまでの社会生活が難しくなったり、諦めざるをえなくなる。例えば外出ができない、会社や学校に行けない、おしゃれできない……「じゃあどうしましょうか」ということで解決策を提供し、笑って帰っていただく方法を作るお手伝いをするのが、私たちのミッションです。「諦める必要はないんですよ」ということを、具体的な方法を提示しながらお伝えするんですね。

儲けよりも「地域の人々が買える適正」を追求

 ピアが提供しているのは本当にニッチで特殊なサービスだけに、ものすごくピンポイントでビジネスができるという強みがあります。ソーシャルビジネスですから、どこにお客さんがいて、お客さんが何がほしいかということを完全に把握しておかねばなりません。
 例えば、乳がんの年間発生率は対象人口の約5%。そのうち抗がん剤治療で髪が抜けてしまうのは約9割と言われています。そこに年齢分布とか経済構造をからめて推計すると、何をどのくらい作ればいいか、地域ごとにピンポイントで把握できる。そのあたりがピア独自のノウハウにもなっています。
 ピアでは、100%人毛の高品質のかつらを他のメーカーに比べかなり低価格で提供しています。1枚4~5万円なのですが、地域的な適正とともに営利追求が目的でないソーシャルサービスとしての適正を考慮しました。「誰でも買える価格」であることが重要なんです。
 例えば浜松市では、中小企業のパートで働く女性が非常に多い。月に5~6万円くらいのパート収入を、家計の足しにしたりお小遣いにしたりしているんです。そのなかで美容院に使える額は1度に5,000円ぐらい。かつらが必要な期間は、髪が抜けて生え始めてから揃ってくるまでの1年半くらいですから、1枚のかつらの値段を、同期間の美容院代に置き換えると5万円がいいところなんです。かつらを作った後、シャンプーや帽子も欲しくなりますから、4~5万円というのが、妥当な価格帯なんですね。
 こうしたソーシャルビジネスとしてのベーシックな考え方は、2008年から「東海若手起業塾」でお世話になっていまして、「人と組織と地球のための国際研究所」(IIHOE)の川北秀人さんをはじめ、いろんな方々にアドバイスをいただいています。「顧客はどこにいるんだ」「何人の顧客にどれだけの数を届ければその人たちの課題は解決するのか」「最短距離で届ける方法ってなんだ?」「社会が求めるビジネスのためにパフォーマンスを上げることを考えろ」など、本当にもうゴリゴリに鍛えられています(笑)。

在学中に単身で「世界のかつら工場」中国へ

 私は高校卒業後、アメリカに留学したりいろいろな仕事を経験しまして、2003年に看護学校に入りました。実は母も看護師でした。
 2年生の実習の時、母と同い年で白血病の患者さんがいらして、抗がん剤治療をしてました。副作用で髪が抜けてしまったんですが、「100万もするかつらは買えない、かつらを買ったら子供たちに残すお金がない」と、外出も諦めていらして……一度は良くなられて退院なされたのですが、2~3カ月後に再発して、そのまま亡くなられました。
 医療用かつらに関する情報がもっと欲しい――そう思ったんです。病棟にはパンフレットが1種類ある以外、何の情報もなかった。それでは患者さんは選ぶこともできないし、看護師だって何も言えないわけです。毎晩、グーグルで調べ続けましたが、どこで何を売ってるか全然わからない。ただ、「病気によってかつらが違います」というようなことは書いてある。「個人によって、年齢によって違う」と。でも「違う」と言われても、何を基準に違うのかがわからない。
「かつらはどこで作っているんだろう」と調べ始めたら、世界的なかつらの生産国は中国でした。しかも値段が驚くほど安い。それで、日本や欧州向けにかつらを製造している工場を調べて、夏休みを利用して、現地に乗り込んで、片っ端から工場を訪ねたんですね(笑)。看護学校3年生のとき、1人で行ったんです。中国のかつらの一大生産拠点と言われる青島(チンタオ)で、3日間に40社くらい回りました。
 なぜか「絶対作れる」と思っていました。それである工場に行って、「とりあえず2枚で作ってほしい」とお願いしたんですね。そしたら向こうが「はっ? 2枚?」と(笑)。 かつらを作るのに2カ月くらいかかるんです。何せ2枚ですから、全然信用してもらえなくて、「じゃあドル建てで半額おいてきます」って。内心「もう返ってこなくてもいいや」と思って、帰国して、2か月たって、そしたら、本当に来た(笑)。
 国家試験の勉強のさなか、在学中の05年に資金5万円で起業しました。国家試験にも合格して、本当は3年間くらい勤める予定だったんです。現場を知らないと何もできないと思っていましたし。でも、そんなとき母が事故に遭って寝たきりになってしまって、3交代はちょっと無理だなと思い、内定先を辞退しました。卒業した4月から、母の介護しつつ本格的にビジネスをスタートしたんです。

お客さんも家族も笑顔で帰って行く姿が嬉しい

 最初はお金がかからないので通信販売していました。そのうちお客様から「美容室があればいいのに」というお電話をいただくようになりました。かつらを買ったお客さんのうち、美容院に出向いて「こういう事情ですのでお願いします」と言える人は少ないということが、だんだんわかってきたんです。であれば、美容院を作ろうと。
 あとは、前髪ひとつでも1人ひとり好みが違うわけです。マネキンにつけるウイッグとは違って日常的に使うものですから、前髪を分けるか真っ直ぐ下ろすかによって、かつらの形は全然違います。そういう細かな要望にこたえるには、専任の美容師がここにいないとダメなんです。それで完全予約制でお一人ずつ丁寧に対応できるサロンにしたんです。
 お客様のなかには、「ピアでカツラを買って、久しぶりに髪型で悩めるようになって楽しくてしょうがない」という方もいらっしゃいます。家族の方々もすごく喜ばれますね。お母さんがかつらをつけたのを見て、「お母さん、前もこんなふうだったね」「昔のままだよ」って喜んでくださる。
 がんだと病院で言われて以来、あちこちでかつらを見つけては購入していたというお客様もいました。何枚か買ってはみたけれど結局どれも使えなくて、うちに来て下さって「昔のようなサラサラの髪の毛になって嬉しい」と、笑顔で帰って行かれました。
 乳がんだと、初期の段階では痛みもないし、ほとんど自覚症状がない。もちろん頭で「自分はがんだ」とわかっているのですけれど、抗がん剤治療が始まって、髪の毛が抜け始めて初めて「自分はがんなんだ」と。外見からわかる衝撃は大きいです。
 逆に言うと、がんを克服して元気になって、再び以前の社会生活に戻るとき、かつらによって目に見える形で「また元気になって良かったね」と、家族や周囲の人たちに受け入れてもらうということは大きな励みになります。ご両親がお子さんに「これで学校へ行けるね」と言いながら帰っていかれるのを見ると、「ああ、やっぱりこの仕事はやめられないな」と思います。
 浜松だけでなく、こういう人たちが全国にたくさんいるわけです。その人たちにどうサービスや情報を届ければいいかと考えていると、毎日、仕事が夜中までになってしまいます(笑)。

4年間の介護は「母がくれた最後の宝物」

 母が事故に遭ったのは、私が泊りがけの実習で静岡にいたときでした。出産の実習が明け方の3時ごろまであって、終わった後、病院にいて寝ていたら家から電話があって「お母さんが病院に運ばれたから、始発の新幹線で帰ってこい」と。病院に着いた時点ですでに母の意識はなくて、結局、最期まで意識が戻りませんでした。「いい実習させてもらっているんだから頑張ってね」というのが、母からの最後のメールです。
 4年間介護して、最期は枯れるように亡くなっていったのですが、栄養が落ちたために髪がなくなってしまったんですね。それでスタッフに電話して「展示してあるかつらをボブにして」と頼んで、それをかぶせて焼き場まで連れて行きました。かつらのおかげで、最期の印象が悲惨にならなくて本当に良かったと思っています。最期の姿はみんなの記憶に残りますから、とっても大切だと実感しました。
 今思うと、死にいく人を4年間介護させてもらったことは、母にもらった最後の宝物のように思います。とても勉強になりました。自分を含め医療スタッフが何気なく発するひと言――例えば、「寝間着を買ってきてください」って言われたとき、紐でしばる部分があると、押されて傷になるんです。だから、帯で結ぶ寝間着を買わなきゃいけないのですが、どこで売ってるかがわからない。それで夜中まであちこち探しまわるわけです。それでも見つからない……。もうへとへとですよ。私たちが与えている情報がいかに中途半端かを身をもって感じました。
 お金かかりましたね。毎月50万円くらいはかかるんです。母は54歳で亡くなったので、医療保険だと使えなくて、介護保険だとその枠はない。正直、これが一生続いたらどうしようと思ったこともありました。
 そのときはすでに起業していたので、母の介護、学校の実習、国家試験の勉強、バイト……自分でもよくやったなと思います(笑)。それに比べたら今は全然楽ですよ。当時は模索しながら目の前のことをひたすら片付けることしかできませんでしたから。自分のやってることに自信がなくなったときは、目先にある事務処理を黙々とこなして、そうしているといつの間にかヤマが過ぎていて……そんな日々でした。まあ、1つのヤマを抜けると、また次のヤマだったりするんですけど(笑)。
 起業してから今までに提供したかつらは、3,000枚ぐらい。ときどき、元気になられたお客様と外でばったり出会うことがあるんです。「見て見て!」っていう感じで満足されている様子や、「今度は〇月に行くからね」とハツラツとした表情で言っていただくと、「ああよかったな」と嬉しくなります。
 でも、ピアの究極的な目的は、誰もお客さんが来なくなることです。つまり、廃業するのが最終的なゴールなんです。ニーズが減ること、誰も髪が抜けないこと、みんなががんにならないこと――それが一番いい。ピアの現在の規模は、地域の現状に合わせたものですから、どんどん小さくなって、ピアがなくなることが究極のゴールです。

取材日:2010.8



静岡県浜松市生まれ 浜松市在住


【 略 歴 】

2003 アメリカ留学や契約社員などを経て、静岡県厚生連看護専門学校に入学
2004 実習で白血病患者に出会い、低価格なかつらの必要性を感じる
2005 単身で中国に渡り、資金5万円で「ヘアサプライピア」を設立看護学校卒業
2006 カウンセリングを重視し完全予約制の美容室を併設した専用サロンを浜松市内に

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