どうしてもスポーツ栄養のプロになりたい!
私は小学校から高校までバスケットをやっていました。中学と高校はかなりの強豪校に在籍しまして、文字通りバスケ、バスケの日々でした。1番目に好きなのが「スポーツ」、2番目が「食べること」だったので、高校卒業後は栄養士の資格が取れる短大に進学しました。
学生時代から私の周りにはスポーツ選手がたくさんいて、栄養士の勉強をしていると言うと「スポーツをする人はどんな食事をとればいいの?」と聞かれることが多かったんです。将来的は栄養士を活かして、スポーツ選手の栄養サポートがしたい――と思っていたのですが、当時はそういう就職先がほとんどなくて、短大卒業後は銀行に就職しました。
でも3年くらい勤めた頃、もっと自分らしい仕事がしたいと思うようになったんです。今ならインターネットで検索するのでしょうけれど、当時はまだ普及していなくて、タウンページを見ながらあちこち電話してみました。東京都体育館とか大手スポーツジムとか、みなさん「それはいいアイデアだね。スポーツしている人に栄養サポートは必要だよね」と言ってくださるのですが、「今は雇用の予定はないんだよ」と、全部断られてしまって……。
それでも諦められずに「食とスポーツなら厚生省(現・厚生労働省)だ!」と思って自分の思いをお話したら、「そういう研究をしているところがある」と国立健康・栄養研究所(現・独立行政法人国立健康・栄養研究所)を教えていただきまして、1992から3年間そこで勤務しました。
スポーツ栄養にかかわりたいという気持ちで飛び込んでいったわけですが、スポーツ栄養も幅が広いんです。研究所では実験データを集め、それを分析して論文発表をするのですが、私の場合、そうした専門知識をベースに選手にアドバイスする仕事がしたかった。つまり、論文レベルの知識をかみ砕いてわかりやすく選手に伝える役目ですね。研究所での研究や仕事は、そのベースを築くうえで重要な経験でした。
子供たち向けにゲーム感覚の食育を
スポーツ栄養のフィールドで仕事を始めて数年たった頃、地元の中学校から「部活にきてください」という依頼が来るようになりました。そこで気付いたのは、肥満児が多いということです。運動してない子に対しても食育は大切ですが、同時にスポーツの楽しさも伝える必要があると思いまして、子供向けあるいは親子向けに、ちょっと変わった食育を企画しました。知識の提供だけだと途中で飽きられてしまうので、ゲーム性をもたせたり、ミニ運動会形式にした食育です。
いちばん最初の実績となったのは、スポーツクラブで運動が苦手な肥満気味のお子さんを対象に行った「水中食育」です。そういう子供たちはなかなか運動する場がないんですね。普通のスイミングスクールや学校の少年団には体力的についていけない。でも親は少しでも運動させたい。なので、楽しい時間を過ごしながら、食べ物について学び、同時に体を動かすことの面白さを伝えようと考えました。
「水中食育」では、耐水性のあるカードを作って片側に食べ物のイラスト、反対側に運動のイラストを描きます。例えば、ショートケーキの横には、それに相当するエネルギー消費「縄跳び48分(男子8歳・体重25kg)」というふうに、いろんな食べ物について2枚1組みの絵合わせを用意して、1枚をプールの底に沈め、もう1枚は浮き具の上において「ヨーイドン!」で取りに行くんです。
クイズ感覚で夢中で身体を動かしているうちに、気付いたら半年で4キロやせていたっていうお子さんがいました。そのお子さんは、痩せて自信もついて「普通のスイミングスクールに通います」と、水中食育を「卒業」していきました。そういうのは感無量ですね。本当にやって良かったと思います。
「食育アドベンチャー®ランド」の誕生
2003年の静岡国体では、「水中食育」の発展形として、陸上版の食育を企画しました。実はそのとき、私たち自身が初めて集客も行ったんです。参加してくださった方々が笑顔で帰られるのを見たとき、今まで以上の手ごたえを感じまして、今後は自分たちでイベントを企画しようということで、05年に「食育アドベンチャー®ランド」を立ち上げました。
「食育アドベンチャー®ランド」には3つの特徴があります。第1にスポーツを融合させた食育であること、第2に地域に根ざした地産地消の観点から静岡県の特産品を使っていること、第3に私たち以外にトップアスリート(スポーツ選手)、民間企業、行政、生産者、メディア、大学などが連携すること。
なかでも、子供たちに対するアスリートの影響力は絶大です。「僕らも小さいとき、好き嫌いがあったんだよ。でも強くなりたかったから、好き嫌いを直したんだ」――そういう選手たちの話は、子供たちに夢を与えることにもつながるんですね。「そうか。夢をかなえるには食事がすごく大切なんだな」とか、「トップアスリートだって最初からちゃんとできたわけじゃない。だったら僕も頑張ってみよう」というふうに。
子供たちと選手たちとで一緒におにぎり作りをすることもあります。選手が作ると普通の3倍くらいの大きさになるので、子供たちはもうそれだけで感動しちゃうんですね。言葉がいらないくらいの説得力があるんです。選手たちは自ら「ちゃんと牛乳飲んでたよ」「ご飯はどんぶりで食べてたよ」というようなことを言ってくれるんです。すると子供たちは「強くて大きい身体は食べ物が作ってるんだな」と、すんなり納得できる。
食育の専門家はたくさんいますが、スポーツとからめた食育を実践しているのは私だけだと思いますね。今後は「食育アドベンチャー®ランド」を静岡だけでなく、いろんな地域で展開していきたいです。そのために2004年から「食育アドベンチャー®指導養成ワークショップ」も実施しておりまして、全国からご参加いただいていますので。
3万食が完売した「スポーツ弁当」
2003年の静岡国体では、「スポーツ弁当」を企画販売しました。これは選手がベストコンディションで戦えるためのお弁当で、全部で5種類。国体期間中の10日間で3万食が完売しました。
国体では、どのホテルに泊っても朝食・夕食の「標準献立」が出るのですが、昼食だけはそのようなものがありませんでした。私はこれまで、食事の摂り方が悪くて負ける選手を何人も見た経験があります。試合前夜までは調子がいいのに、バイキングで食事をし、つい食べ過ぎてしまってコンディションを崩して試合に負けてしまったり……。それで皆さんにベストコンディションで戦ってもらいたいという思いを込めて、「スポーツ弁当」を作ったんです。
その後も中学生の競泳全国大会でも同じようなお弁当を企画したり、09年の新潟国体でもお弁当選びに関わりました。
スポーツ栄養士は元気を売る仕事
スポーツ栄養は華やかなイメージがあるかもしれませんが、地道な部分もいっぱいあるんです。例えば、100人の選手の食事調査を1週間でやるとなると、連日徹夜ですね。選手について合宿に行く場合も、彼らは朝昼晩5食ですから、買い出しと食事作りだけで相当体力を使います。結果的に寝る時間を惜しんで準備するんですけれど、辞めたいと思ったことは一度もないですね。やはりこれが自分の天職だと思います。
私はずっと体育の先生になりたかったくらいですから、身体を動かすのが大好きなんです。今年も東京マラソンに参加しました。1カ月くらいしか練習できなかったのですが、食事のとり方を考えて、タイムは4時間40分くらい。食事を考えてなければ5時間は切れなかったと思います。食事の大切さを体感しましたね。
あと、レース直前に糖質をとったほうがいいとよく言いますよね。それでレース中、氷砂糖、黒砂糖、飴で実験してみたんです。結果的に黒砂糖が良かった。そういう自分の体験や感想も含めて選手たちに話をすると、彼らは途端に「聞く耳」をもってくれます。ママさんサッカーをやっていたのも、テニスを続けているのも、もちろん楽しいからなのですが、もうひとつの理由として、選手との距離を縮め、私の食アドバイスに選手たちが耳を傾けてほしいという気持ちからなんです。
栄養士、特にスポーツ栄養士は「元気を売る仕事」ですから、自分が良い食事をし、運動もして、心も身体も健康でいることが大切だと思います。
取材日:2010.08