「ライター魂」に火をつけた地元での知名度の低さ
残念ながら静岡の地酒は、県内のシェアが2割以下。しかし「酒造りには不向きな土地」でありながら、静岡は最も高度な技術が求められる「吟醸王国」という地位を確立しています。1996年に「しずおか地酒研究会」を立ち上げたのは、「地元にこんなうまい酒がある」ということを、もっと地元静岡の人たちに知ってもらいたいという思いからです。
また地酒は、身近に「顔の見える」造り手がいて、飲み手にとっては安心できるアルコール飲料です。取材するうちに「私のような第三者が取材して伝えるよりも、造り手と売り手と飲み手が直接交流したほうがいいのでは」と思うようになったことも、研究会を立ち上げた理由です。
現在会員は120人ぐらい。年に数回、「地酒塾」や「地酒サロン」といった勉強会や試飲会、イベントを開催しています。私のようにビジネス上、直接の利害関係がないボランティアがこうした活動を行うのは全国では珍しいようで、「静岡の地酒ファンは意識が高い」と評価されたこともあります。
また地酒は、身近に「顔の見える」造り手がいて、飲み手にとっては安心できるアルコール飲料です。取材するうちに「私のような第三者が取材して伝えるよりも、造り手と売り手と飲み手が直接交流したほうがいいのでは」と思うようになったことも、研究会を立ち上げた理由です。
現在会員は120人ぐらい。年に数回、「地酒塾」や「地酒サロン」といった勉強会や試飲会、イベントを開催しています。私のようにビジネス上、直接の利害関係がないボランティアがこうした活動を行うのは全国では珍しいようで、「静岡の地酒ファンは意識が高い」と評価されたこともあります。
ドキュメンタリー映画の撮影で見えてきたもの
ライフワークとして地酒の取材を始めて、20年以上がたちます。これまで静岡の地酒のすばらしさを地元の人に知ってもらうために活動をしてきました。しかしこの間、日本酒の消費は年々減り、今では日本人が飲む全アルコールのうちわずか8%になってしまった。これはもう静岡の地酒どころか、日本酒そのものの危機じゃないか、最近はそう感じています。
じゃあ私に何ができるのかと。日本酒の原料は水と米だけとシンプルですが、日本人の繊細できめ細やかなものづくりの技と心とがベースになって、実にふくよかで多様な深い味わいが生まれます。また日本の各地域の風土にしっかりと根をおろしてきた、日本人にとって特別な飲み物です。
2008年からドキュメンタリー映画『吟醸王国しずおか』を撮り始めたのは、そういう日本酒の価値の原点を知ってもらうため、「伝える仕事」をしてきた自分に何ができるかを考えた末の行動でした。
記事を書くための取材では、1~2時間くらい話を聞き、その場でいいポーズを撮らせてもらうというように、そのときの場面を切り取るだけですが、演出なしのドキュメンタリーとなると、酒造りの現場でやっていることを1日でも2日でもカメラを回してそのまま撮るわけです。
今までの取材では見えてこなかった職人さんたちの息づかい、難しい作業に入る直前の緊張感、作業以外の時間のすごし方、それらひとつひとつが本当にすばらしいんです。現場に入るとき、職人さんたちは精神統一します。それは、自分たちの思いどおりにはいかない微生物を相手にものづくりをしているからなんですね。そういうものづくりに対する思いは、長い時間密着してないと見えてこない。
撮影中、お酒の神様を祀っている神社をいくつか回りました。事あるごとに蔵元さんはお祈りしますし、蔵の麹室では杜氏さんが麹に念を入れたり、ずっと目を閉じて祈っているような、そういう仕草を何度も目の当たりにしました。酒造りというのは人知が及ばない力を信じているんです。それは、日本人のメンタリティーとか信仰心とか精神的な部分がつながっているんじゃないでしょうか。
じゃあ私に何ができるのかと。日本酒の原料は水と米だけとシンプルですが、日本人の繊細できめ細やかなものづくりの技と心とがベースになって、実にふくよかで多様な深い味わいが生まれます。また日本の各地域の風土にしっかりと根をおろしてきた、日本人にとって特別な飲み物です。
2008年からドキュメンタリー映画『吟醸王国しずおか』を撮り始めたのは、そういう日本酒の価値の原点を知ってもらうため、「伝える仕事」をしてきた自分に何ができるかを考えた末の行動でした。
記事を書くための取材では、1~2時間くらい話を聞き、その場でいいポーズを撮らせてもらうというように、そのときの場面を切り取るだけですが、演出なしのドキュメンタリーとなると、酒造りの現場でやっていることを1日でも2日でもカメラを回してそのまま撮るわけです。
今までの取材では見えてこなかった職人さんたちの息づかい、難しい作業に入る直前の緊張感、作業以外の時間のすごし方、それらひとつひとつが本当にすばらしいんです。現場に入るとき、職人さんたちは精神統一します。それは、自分たちの思いどおりにはいかない微生物を相手にものづくりをしているからなんですね。そういうものづくりに対する思いは、長い時間密着してないと見えてこない。
撮影中、お酒の神様を祀っている神社をいくつか回りました。事あるごとに蔵元さんはお祈りしますし、蔵の麹室では杜氏さんが麹に念を入れたり、ずっと目を閉じて祈っているような、そういう仕草を何度も目の当たりにしました。酒造りというのは人知が及ばない力を信じているんです。それは、日本人のメンタリティーとか信仰心とか精神的な部分がつながっているんじゃないでしょうか。
杜氏に代わってものづくりの奥深さを伝えたい
「酒をくみかわす」というのは、日本酒独特の習慣です。仲間で杯をかわしたり、注ぎ合ったりというコミュニケーションのツールとして、日本酒は日本人の生活の非常に大事な部分を担ってきました。なぜ日本人は日本酒を必要としたのか?――考えれば考えるほど面白い。
そうなると、日本神話でスサノオノミコトが酔っ払ってヤマタノオロチを退治した話にまで行き着いてしまいます。神様すら日本酒を頼りにしていた――そんな話を学者が書くと難解な専門書になってしまいますが、もう少し面白く気軽に読める歴史物みたいなものを、いつか書いてみたいと思っています。日本酒には興味をそそられるテーマがたくさんありますから。そんなふうに映画を撮ったことは、ライターとして今後どういう形で発信をしていけばいいかを考えるうえでも、いい経験になりました。
どんなジャンルでも、本物のプロという人ほど謙虚ですね。杜氏さんもベテランであるほど意識は高いですが、「もっと究めたい」「自分はまだまだ」など、そのもの言いは謙虚です。
以前読んだ本に登山者のたとえがあって、「7合目で満足していたら、7合目まで登った人とは会話できるけど、頂上まで登った人とは共通の会話ができない」とありました。ベテランの杜氏さんと比べ自分はまだまだですけれど、ものづくりの現場で一生懸命努力される方たちを見ていると、彼らの一挙一動を理解したいという気持ちになります。以前の取材では、その方のことを100%理解したつもりで書いていたはずが、映画の撮影で時間をかけて観察していると「いや、そうじゃなかった」と気付くこともありました。
知れば知るほど、「頂上はもっと遠い」と思えるシーンに次々出くわし……でも、それがまた幸せなんですね。ライフワークとして、そういう対象に出会えたということは本当に幸せなことです。
そうなると、日本神話でスサノオノミコトが酔っ払ってヤマタノオロチを退治した話にまで行き着いてしまいます。神様すら日本酒を頼りにしていた――そんな話を学者が書くと難解な専門書になってしまいますが、もう少し面白く気軽に読める歴史物みたいなものを、いつか書いてみたいと思っています。日本酒には興味をそそられるテーマがたくさんありますから。そんなふうに映画を撮ったことは、ライターとして今後どういう形で発信をしていけばいいかを考えるうえでも、いい経験になりました。
どんなジャンルでも、本物のプロという人ほど謙虚ですね。杜氏さんもベテランであるほど意識は高いですが、「もっと究めたい」「自分はまだまだ」など、そのもの言いは謙虚です。
以前読んだ本に登山者のたとえがあって、「7合目で満足していたら、7合目まで登った人とは会話できるけど、頂上まで登った人とは共通の会話ができない」とありました。ベテランの杜氏さんと比べ自分はまだまだですけれど、ものづくりの現場で一生懸命努力される方たちを見ていると、彼らの一挙一動を理解したいという気持ちになります。以前の取材では、その方のことを100%理解したつもりで書いていたはずが、映画の撮影で時間をかけて観察していると「いや、そうじゃなかった」と気付くこともありました。
知れば知るほど、「頂上はもっと遠い」と思えるシーンに次々出くわし……でも、それがまた幸せなんですね。ライフワークとして、そういう対象に出会えたということは本当に幸せなことです。
取材日:210.08