最初の気持ちは「スリングを紹介したい」
子育て中にベビースリングに出合い、すごくいいと思ったものの、最初はビジネスだという意識はありませんでした。子育て中のお母さんたちの腕や腰の痛みがスリングで解消できることは、自分自身の経験から分かってはいましたが、売るというより、紹介してあげたい気持ちの方が強かった。2000年から個人輸入で業務を始めましたが、当時はスリングに興味があるという声があれば、半日ぐらいかけて自分の子供も連れて商品の紹介に行きました。それは到底、ビジネスではありませんよね。
ただ、それをやっていくうちに、私が初めてスリングを使って感動したときと同じ感想を皆さんから聞くようになったんです。赤ちゃんってこんなに軽いんだ、こんな近いところでニコニコ笑ってたんだ、と…。それで、このスリングは今、日本で悩んでいるお母さんたち全員に必要だ、と思った。だからそれを知らせるためにサイトを立ち上げました。
とはいえ、私も一人目の子育ては戸惑いの連続でした。病院でくわえ飲みをさせられている赤ちゃんや、赤ちゃんを一人にしておくためのグッズに違和感はあったものの、だからといってどうしたらいいかは分かりませんでした。だから、迷わずここにたどり着いたわけではなく、悩んで七転八倒し、助産師さんに会って救われたこともたくさんあります。
今思えば育児サークルで活動したり、自然食品や母乳育児に関心が強くて勉強したことが、すでにマーケティングになっていたんですね。もし「赤ちゃんはベビーカーでいい」「静かにするなら胎内音を聞かせる機械でいい」と、それらを便利と感じる自分だったら、この10年間はなかったでしょう。
抱っこの何がいいのかを突き詰めた
北極しろくま堂が提唱するのは「ベビーウエアリング=赤ちゃんを抱っこやおんぶすること」。でもそれをしましょうと言うだけでは注目してくれないでしょう。だから商品を通じて、抱っこの温かさ、抱っこし続けても疲れないことを知ってもらい「抱っこが大事だ」と分かればいいんじゃないか、そう思っていました。そういう意味では、この10年間で、スリング自体がかなり定着しましたから、以前より「ふれあう」環境は作り出せたんじゃないかと思います。
でも「赤ちゃんを一人にするためのグッズ」に違和感を覚えない人もいるから、胎内音の装置や泣いたら呼ぶ道具が開発されるわけです。抱っこひもの中には、いかにかっこよく見えるか、お母さんも独身の頃のようなスタイルに見えるかが主眼で、抱かれている赤ちゃんの気持ちや、お母さんが楽かというのは、企画の中にはないのでは…というものもあります。スリングの種類も扱う店も増えましたが「抱っこの何がいいかを知っているのか?」と疑問に感じる店もあるんです。
なぜスリングを使うと楽になるのかは、私自身も研究を重ねるうちに知ったことですし、その理由を突き詰めて商品を作り上げていった、その繰り返しでした。そして私がそこまで深く追求しないといられなかったのに、何も考えないで作られている形だけの商品があまりにも多いなと。選択肢が多くて身近にあるのはいいことですが、スリングを扱う業者さんなら、赤ちゃんとお母さんのために研究していただければと思います。
ベビーウエアリングを広めるために
当社のスリングは百貨店等で対面販売するほか、当初からインターネットで販売しています。ところがインターネット上ではどうしても価格だけが比較されがちです。うちの商品は、実際に触れて初めて違いが分かり、納得して選んでいただけるもので、ネットだけでは伝わりません。そうすると、抱っこできればなんでもいい、と安価な商品に流れてしまう人もいるかもしれないんです。スリングという商品を通じてベビーウエアリングを伝えられれば、と思ってきましたが、正直、それだけでは難しいのでは、と感じます。商品だけで伝わる情報量が意外と少ないということも分かった、それがNPO法人「だっことおんぶの研究所」を作った理由です。
きっかけは昨年9月の駿河湾地震。今、首の座らない赤ちゃんのいる家の人は、地震があったらどう逃げるんだろう、と思ったことです。津波の危険性がある地域は急いで逃げなきゃいけないわけですが、避難所に行くとき、今のお母さんたちはベビーカーを使うのかな、と。少し大きくなった赤ちゃんはいいけれど、生まれたばかりの赤ちゃんはどうすればいいのか、遠くへ逃げるにしても、そこに行くまでどうすれば良いのか。私には安全な抱っこやおんぶの知識があるけれど、普通のお母さんたちは知らないかもしれない。危険な環境に置かれたとき、どうすればいいか、なんて思いもつかないんじゃないかと。NPOを立ち上げたからといってすべてが解決するわけではないでしょうが、抱っこやおんぶでこんな風にもできるんだ、こんな道具もあるんだ、ということを知ってもらう、そのきっかけになればいいなと思います。
取材日:2010.11