文化財修理は「10年でやっと一人前」
小さい頃から日本の美術が好きで、大学では美学美術史を学びましたが、修理の勉強を本格的に始めたのは工房に入ってからです。経験値ゼロ、専門知識も本に載ってる程度、という、まったくの初心者でした。当時は昔ながらの工房に「弟子入りする」感覚。「10年間は見習い、一人前になるには10年かかるがいいか」と念を押されたくらいです。しばらくは糊を炊いたり、水を汲んだり、雑巾で拭いたりとかの下仕事ばかりでした。
修理は手仕事なので、そういうこまごました下仕事が身についてやっとできるもの。だから、実は私もこの業界では、やっと技術者として認知されたところなんです。
ここでは日本と東洋の絵や古文書を中心に扱っています。お預かりしたものを写真撮影し、修理前の状態の調書を取り、絵の欠損部分を事細かに調べる。その後、表具を解体する。絵と表具と裂に分け、古い裏打紙をすべて取り除き、裏側から補填します。
その欠損部分を補填する作業や、描かれた絵具層の剥落部分を、絵に乗った絵の具が剥落しそうだったら、表裏両面からどう接着し強化するか、という部分が修理のポイントになります。裏打紙の色によって、表の絵の見え方や欠損箇所の見え方も変わるので、その処置をどうするか、それぞれの絵の見せ方を見極め、アプローチの仕方を考える。技術と経験が問われる作業です。
鍛錬と葛藤によって、技術は磨かれる
技術が身につくまでは大変でした。常に作品に対して高いクオリティーを保たなければならない、でもまだ技術は未熟。プロの仕事を提供しなければならない、と気持ちを切りかえ、自分の時間を削って練習し、なぜこうなるかと葛藤する。手間を惜しんでいたわけではないけれど「毎日こんなことで自分の技術が本当に伸びるのか」という焦りがありました。
実際はそうやって少しずつ技術が身につくんですが、それに気づくのは、所有者さんと話をして、技術的な質問に答えられるようになっていたり、美術館に自分の修復した作品が展示されたときなどですね。工房に閉じこもっていると成果が分からないけれど、外と触れ合うことで気付くこともある。そういうのが分からず、目の前の大変なことしか感じられなかった時期と、大変なときでも外の人に評価してもらって、自分のやってきたことの意味がわかる瞬間、わからせてもらえる瞬間というのが、確かにあります。
残念ながらそこにたどり着くまで続ける人は少ないです。続けるには、この作品を守りたい、100年・200年後まで残したいという気持ちで努力できるか、そして誰かに聞いたり調べたり、というパワーを惜しまないこと。工房にこもってもくもくと修理するだけじゃなく、外部からの情報を吸収していく力も、この仕事には必要なんです。
いざというとき「守る力」を育てる取り組み
2004年にNPO「文化財を守る会」を立ち上げましたが、これにはいくつか意味があります。仕事柄、京都に出かけることが多いんですが、阪神大震災以降、2府4県で修理技術者や役所の人などのネットワーク会議を開いたという話を聞いたんです。かたや静岡は、美術館や博物館がそれぞれ地震対策はしていたけれど、ネットワークはまったくなかった。なので県立美術館や他の博物館の学芸員の方たちと一緒に立ち上げました。
最初のコンセプトは「災害から文化財を守る」。でもそのうち「地域に根ざした文化財や、その地域にとって重要な史料」の存在が見えてきたんです。それで、「地域に根ざした文化財をどう災害から守るか」というテーマにシフトしていきました。日常も虫などから守っていこう、文化や歴史に関心を持つ人を増やして、何か災害が起こったときに手助けしてくれる人を増やしていきましょう、という風に。
もう一つは、修復には費用がかかりますが、そのせいで所有者さんが修理に二の足を踏むんです。でも修理しないと朽ちてしまう。だから修理技術者という立場以外のアプローチから救えないかな、と。
3年前からは「文化財ボランティア講座」を一般向けに開いています。歴史や美術、文化に関心を持つ人が中心で、講座の中では簡単な修理技術なども習います。災害時などに手伝える、そういう人が県内各地に住んでいれば、近くのお寺で火事があったときなどに、捨てられたり、燃やされたりすることは少なくなるんじゃないかな。ちょっとでも興味のある人を増やしていければいいなと思います。
私事ですが、もうすぐ子供が生まれるんです。夫が他の国の人なので、日本の文化というものを日常生活でも意識することが多いですが、生まれて来る子供に、日本のバックグラウンドをどう受け継がせるかが課題でもあります。世の中がグローバル化する中で、日本人のアイデンティティーなどを、自分が子供を産んで育てることで、リアルに感じられるのかな、と。私が子育てすること、日本人がグローバル化し、いろんな文化が融合されていく過程みたいなものが、そこに凝縮されていくのかなと、感じています。
取材日:2010.11