4歳から自己流で始めた相撲
私が相撲と出会ったのは4歳、保育園の年中のときです。焼津市内で、保育園対保育園の相撲大会に出場して、2年連続で優勝したんです。そのときは幼稚園や保育園から集まってきた子たちで取り組みをするので、男女差も体格差、体重差も関係なし。私はとにかく、男子や自分よりも大きい相手を倒すというのが、とてもうれしかった。相撲を誰かにちゃんと習ったことはなかったけれど、小さいころは、とにかくそれが楽しかったですね。
小学校に入ってからも、市の相撲大会があれば出場し、男子に勝ったりするのが楽しくて、ずっと自己流でやっていました。練習も特にしていなかったですね。でも、小学4年生のときに県大会に出場することになり、そのときに「焼津相撲クラブ」の方に声をかけていただいて、クラブに入団しました。
そのとき、県大会から全国大会に出場し、4位になったのですが、それから4年間は入賞できなかったんです。それまで形も自己流で、きちんとした指導を受けたことがなかったのに、それでも勝てていたのは、相手が地元の、相撲未経験の子たちだったから。でも大きな大会では、相手もきちんと練習を積んできた人たち。レベルが高かったですね。
それで私も、このままではいけない、と今まで自分でやってきたことをすべてリセットして、初歩からやり直すことにしました。そうしなければ勝てないと思ったので。
「勝ちにこだわらず」連敗を克服
クラブに入ってからしばらくは、いつも3位決定戦で負けてしまっていました。自分では気づかなかったのですが、例えば前にあまり積極的に出ることができない、というような欠点をクラブで指導して下さる方が指摘して下さったので、そこを意識して直そうとしました。もちろん、それまで自分の形でやってきたので、いきなり直せと言われても難しい部分もありました。でも、コーチや指導者の方の言葉に従えば勝てる、と信じていたので、毎週3回の練習では意識して直すようにしました。
そうしたら中2で全国大会で2位になったんです。勝てない期間が続いていた分、そのときはあまり勝ちにはこだわらなかった。それがよかったのかもしれません。もちろん優勝はしたい気持ちはあったけど、中1のときに勝ちたい気持ちが強すぎて負けてしまったこともあって。だから中2のときは「挑戦者」という気分でしたね。
自分の中でも「勝たなきゃ、勝たなきゃ」と思っているときは自分なりの取り組みができない。それにこだわらないときは、自然に今まで練習してきたことが発揮できるんだと感じました。
翌年、世界大会にも出場して4位になったのですが、その世界大会の2カ月後ぐらいにあった全国大会では2回戦負けをしてしまったんです。世界大会の後だったので、日本代表として行ったからには勝たなきゃ、という気構えがあったのと、ちょうど地元焼津で開催されたこともあり、周りの応援もプレッシャーになってしまったんだと思います。今は試合前にはなるべく勝ち負けを考えないように、いいイメージで…と自分の中で意識して、自分の相撲ができるように、言い聞かせています。
夢は世界チャンピオン
相撲は続けたいと思っていましたが、女子ということで環境的にも難しいところはありました。幸い、静岡商業高校の相撲部で女子も受け入れるということで、今は同級生の男子2人と一緒に練習しています。練習メニューも男女同じ。もちろん、女だからといって容赦もしてもらえません。私も手加減されるよりは、ちゃんとやってもらったほうがいい。いつも練習の相手は男子で、力では圧倒的に負けますが、その分、女子相撲の大会では普段の力よりも数倍弱く感じるので、自分のためになっていると感じます。男子とは力の差が違うと分かっていても、負けると悔しいですが。
今まで何回もやめたいと思ったことはあります。負けが続いたりけいこが辛かったりすると、そう思うこともあるけれど、家族や学校の友達、クラブの人たちなど、周りの人たちがたくさん支えてくれますし、何より私自身も中途半端では終わりたくない。頑張っていればいつか結果が出るだろうと、自分の中でも信じていたので、今まで続けてよかったと思っています。女子相撲という競技は、柔道やレスリングから転向してくる人が多くて、私もそちらに誘われることもありましたが、私は保育園で始めたころからずっと相撲一筋でやってきたので、これからも相撲を貫きたい。勝てたときのうれしさ、これは相撲を始めた保育園のころから変わっていません。
目標は世界チャンピオン。そして、これからもずっと相撲を続けて、いつかクラブで小さい子たちに相撲を教えたりしたいですね。
取材日:2011.1