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100年後も豊かに暮らせる熱海をつくるために。
住民のチャレンジの場を創出しまちを再生する。

市来広一郎(いちき・こういちろう)

市来広一郎(いちき・こういちろう)


特定非営利活動法人atamista 代表理事
株式会社machimori 代表取締役


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NPO法人atamista
atamista代表ブログ
熱海温泉玉手箱(ジャパン・オンパク公式ホームページ)
オンたま(熱海温泉玉手箱)

原動力は熱海への愛着とまちに潜在する可能性

 熱海には、「衰退した街」というイメージをもたれる方が多いかもしれません。私自身、あえてそういう話をすることもあります。しかし私は、「衰退しているからじゃあ、以前みたいにたくさんの観光客を呼ばなくては」とは思わない。衰退していく部分があってもかまわないと思っています。過去の延長で熱海を再生するのではなく、新しい熱海へと再生していくことこそが必要だと思っています。
 高度経済成長期、熱海は団体客誘致によって年間600万人の宿泊客が訪れる、全国有数の温泉地でした。しかし、現在は時代や人々のニーズの変化により、求められるものが変わってきています。新たな熱海の魅力を打ち出し、広げていきたい。そして、100年後も豊かな暮らしができる熱海をつくりたい。そんな思いをもって、私たちはまちづくりに取り組んでいます。
 私は現在、「NPO法人atamista(アタミスタ)」の代表理事として、地域資源を活用した体験・交流プログラムの企画開発やコンサルティング事業などを行っています。「atamista」には2つの意味があります。1つは「熱海を支え、創っていく人たち」。これは、地域の課題に気づいて自ら動き出す人を増やし、人々のネットワークを形成する触媒になることが私たちの役割だという考えからきています。もう1つがフィンランド語で「atamista」が意味する「from atami」。そこには、熱海から地域づくりの形や新たなライフスタイルを発信し、社会全体を変える担い手になっていきたいとの思いが込められています。
 熱海には、海、山、温泉があり、古くからの歴史や文化があります。都心に近いという地の利もある。衰退したと言っても、年間300万人もの人が来てくれる街なんです。磨いていけば、世界中を見渡してもこれだけの街は数えるほどしかないのではないか。だからこそもったいない、もっと活かさなければと思うんです。
 地元の人たちとの繋がりや、時代を経て染みついた街の色、日々の生活の中にある豊かさ。私は生まれ育った熱海が好きだし、この街にいると感性が刺激されます。そんな熱海の魅力を多くの人たちと共有したい。そう思って活動を続けています。

年1回の「オンたま」は住民のチャレンジの場

 自分たちのまちを、自分たちで磨き上げる。熱海に潜在する自然や産業、食、人などを地元の人ならではの目線で掘り起こすのが、私たちが主催する年1回のイベント「熱海温泉玉手箱(オンたま)」です。オンたまは、小規模の体験交流型イベントを集め、短期間で集中的に開催する「オンパク(別府八湯温泉泊覧会)」の手法を取り入れたもの。オンパクは2001年、地域活性化を目的として大分県別府温泉で始まり、その手法は経済産業省の支援を受けてモデル化され、現在は全国30ヵ所以上で同様の取り組みが行われています。
 熱海のオンたまは、熱海市、熱海市観光協会との共催で今年第5回を迎え、10月から11月の1ヵ月ほどの期間に73プログラムを開催しました。企画、実施するのは、手を挙げてくださった「パートナー」と呼ぶ地域の方々。第1回の20プログラムから着実に数を増やし、今年もすでに「来年は何かやりたい」という声を新たにいただいています。
 オンたまのプログラムには、街、海、緑、歴史、芸術、健康など、さまざまなテーマがあります。レトロなスナックや喫茶店などが建ち並ぶ路地裏を案内するまち歩きツアーや、文人、政治家などが愛した熱海の別荘地巡り。ヨットやカヌー、釣りなどのマリンスポーツを楽しむプログラムに農園でのつまみ食いやピザ焼き、イモ掘りツアー。旅館での子供向け職業体験プログラムもあれば、女性限定の熱海秘宝館ツアー(笑)もある。各プログラムはパートナーさんとの話し合いを重ね、より魅力的な内容になるよう練り上げられます。
 オンたまのプログラムは、継続することに目的があります。一過性の賑わいを求めるのではなく、そこからどんな変化を生みだせるか。そのために、パートナーさんとは、何がしたいのか――その目的やビジョンについて、じっくりと擦り合わせるようにしています。
 たとえば、南熱海にある「ファーマーズカフェ リンデン」オーナーの加藤光昭さんは、第2回のオンたまからパートナーとして参画していただいています。薪を割り、地元の網代で獲れた海産物を具材に使ったピザを焼くプログラムを実施したところ好評で、その後年間を通じたプログラムを企画されています。オンたま実施後、旅行会社がこのプログラムを実施したり、県主催の6次産業振興のための視察地として選ばれるなど、農を中心としたコミュニティづくりの取り組みが注目されるようになりました。
 オンたまは、地域の方々のチャレンジの場。まちづくりや地元の産業を生み出す、チャレンジの苗床です。1つのプログラム、1人の行動は小さなものでも、それが熱海に関わる人たちを巻き込み、いつかは大きなうねりとなる。そんな未来を描いています。

農業体験ができる「里庭」がシニア世代に好評

 熱海の街を形成しているのは、さまざまな背景をもつ人々です。熱海で生まれ育った人、観光で訪れた人。リタイアとともに移り住んだ人や、別荘をもち週末に訪れる人もたくさんいます。地元の人には熱海の魅力を再発見してもらい、観光で訪れた人には魅力を知ってもらう。移住者や別荘をもつ人たちには地域を深く知ってもらう。私たちには、それぞれの人たちを意識した活動が求められます。
 私は熱海出身ですが、もともとの知り合いといえば小中学校の同級生くらい。特別に顔が広いというわけではありませんでした。ですから、atamistaを立ち上げた頃は、興味をもった人や紹介していただいた方など、地域の方々と出会うためにあちこち飛び回っていました。
 そのなかで出会った1人が、南熱海の下多賀エリアで日帰り温泉施設「妙楽湯」を経営する山本進さんです。施設周辺に遊休農地を所有する山本さんは、なんとか地域を再生したいという思いをもった方で、周辺地域を含めた農業の現状やご自身のビジョンについて語ってくださいました。その話に私はすごく共感し、この人と一緒に何かしたいと思いました。そして、近隣で農園を経営する農家の方にも賛同していただき生まれたのが「チーム里庭」です。
「チーム里庭」では、遊休農地の再生を通じて、自然と触れ合う暮らしの提案と環境づくりをめざしています。メンバー共用の畑を耕作する「みんなの里庭」や個人で耕作したい人に農地を貸し出す「MY里庭」、収穫した野菜やメンバー手作りの加工品をatamista事務所内で販売してもらう「まちの里庭」。この他、伊豆の国市にある自然農法を取り入れた「MOA大仁農場」に農業を学びにいく「農業寺子屋」や、地域の小学生向けに田植えや稲刈りのイベント、昆虫や植物の自然観察会なども企画しています。再生した「里庭」にはビオトープを整備し、自然と生物の循環を実感していただくこともできます。
 里庭の活動は、「里庭会員」によって支えられています。現在の会員は40人ほどで、熱海に移住された方が中心です。その方たちと話したときに最初に聞いたのが、別荘をもったり移住しても、「熱海にはすることが何もない」と出て行ってしまう人が多いという話。ですから、その方たちは里庭で農業体験をし「熱海にこんな場所があるのか」ととても喜んでくださったんです。聞けば、彼らはお店や街がもっているコンテンツなどについてもほとんど知らない。私たちにとっては、「こんなに熱海のことを知らないのか」という驚きの気持ちでした。そこであらためて、発信していく必要性を感じたわけです。オンたま開催のきっかけも、原点にはそんな問題意識がありました。

東京での会社員生活を経て熱海にUターン

 私は大学院を卒業後、ビジネスコンサルタントとして企業の業務や組織改革に携わってきました。東京の大学を出て東京で就職したわけですが、いつか熱海に帰り、熱海のために何かしたいという気持ちは、10代の頃から明確にもっていました。「社会を変えたい」という思いもあった。とはいえ、何をすればいいのかは、まったくわかりませんでした。ただ漠然と、コンサルティングとは企業や組織を変えていく仕事だから、自分がめざすところにも通じるという思いをもっていました。
 また、大学院を卒業してすぐ、1人で3ヵ月ほどアジアやヨーロッパを放浪して歩いたことがあります。私が魅力的だと思ったのは、小さいけれどすごく街並みがきれいで、観光地だけれども生活感もある、そんな街。そこで人々が自然体で暮らしていたのが印象に残っています。一方、東京にはやりがいのある仕事はあるけれど、理想的な環境からは程遠く、皆大きなストレスを抱えている。私自身、満員電車に揺られて会社に通勤するような生活にはずっと疑問を感じていました。
 そんな社会に対しての違和感は、将来への不安を伴いました。私はコンサルタントとして顧客企業に貢献することはできても、それで社会がよくなっている実感はもてませんでした。たとえ自分が生き残れたとしても、いつか社会自体が沈んでしまうのではないか――そんな危機感が行動に結び付いたのだと思います。
 地域活動家や議員、NPOなどの起業家を多数輩出している政策学校「一新塾」に入塾したのは2006年、27歳のとき。プログラムの一環で熱海のまちづくりプロジェクトを立ち上げ、平日に仕事をしながら週末に熱海に通うようになりました。そのなかで、同じ志をもつ同年代の仲間たちと出会い、自分が守りたいもの、つくりたいものも明確になっていきました。自分がすべきことは熱海にある。自分にもできることがある。そう確信し、2007年、私は会社を辞めて熱海に戻りました。

まちづくりの資金を生み出すビジネスモデル

 今年10月、「株式会社machimori(マチモリ)」を新たに設立しました。ここでは、遊休不動産を活用してエリア再生を行う「家守(やもり)」事業に取り組んでいます。
 atamistaの活動は今、転換期を迎えています。私たちがこれまでに手掛けてきたプロジェクトは、収益を生むものではありませんでした。しかし、現在の取り組みを継続、発展させるため、今後新たな事業を展開するためにも、行政などからの補助金に頼らない、自立的な地域づくりのビジネスモデルを構築したいと考えています。
 家守事業には2つの柱があります。1つは空き店舗や空き家を活用して、個人事業者のテナントやNPOなどの団体を育成・誘致すること。シェアオフィスとして再利用する道もあります。熱海に点在する空き室の有効活用とともに、金銭的な負担やリスクをなるべく減らしながら、地域の人たちにチャレンジの場を提供したいと考えています。
 もう1つが、住まいとしての活用です。オーナーさんが「こんなところに住みたい人なんていない」というような築年数の古い物件でも、むしろ古さのなかに魅力を感じるという人もいる。熱海にはクリエーターが多く住んでいるのですが、彼らの目から見ても「いいな」と思えるような物件がけっこうあります。長年放置された空き家も、求める人にきちんと繋ぎ、提供することで価値のあるものになるのです。
 そのために、まずは私たち自身で空き店舗を1軒再生する計画を立てています。後に続く人たちのモデルになると同時に、そういう人たちが集えるコミュニティを作る目的もあります。今描いているイメージとしては、カフェのような業態の店舗を開業したいですね。物件の選定も済み、現在は実現に向けて動き出しているところ。今後は、自分たちもチャレンジャーの一員として、リスクを取った事業運営をしていくつもりです。
 家守事業では不動産を扱うことなどから、初期投資も必要になります。そのため、同時進行でまちづくりをするための資金を生み出す事業も行っています。それは、地域の人々がかかえる課題を、ビジネスの手法で解決するコンサルティング事業。たとえば、ビルのメンテナンスコストの削減などがあります。エレベーター管理費やセキュリティ管理費、事業用ごみの処分費用など細かなところをきちんと見直し、コストカットのお手伝いをすることで上がった利益をシェアさせていただくのです。
 まちづくりをするにあたり、協賛金や広告収入などではなく、まちの人たちにも利益を得てもらったうえで、こちらもお金をいただく。そしてそれを空き店舗の再生事業に投資する。そのように利益が地域を循環する仕組みを作れば、その分地域の魅力も増していくと考えています。

変化し始めた熱海を担うのは若者世代の責任

 熱海では今、商店街や路地裏など、いたるところで小さな変化が起きています。おしゃれなカフェや古民家をリノベーションしたギャラリー、フランス雑貨の店など、以前の熱海にはなかったタイプのお店もでき始めています。そんな変化を担う中心的存在は、若い世代の人たちや移り住んできた人たち。それぞれが、その人なりの熱海の魅力を実感している人たちです。
 熱海は、歴史的に見ても外から入ってくる人を広く受け入れてきた街です。たくさんの起業家や起業家精神をもった人たちが、一旗あげようとやってきた。そんな人たちが一大観光地熱海を築いたわけです。新たな担い手が出てきて、新しいことが生まれてくるというのは、いわば、熱海の原点に立ち返ることでもあります。ですから、そういう人たちがチャレンジしやすい環境をつくることはとても大事なことですし、環境が整えば変化も加速していくはずです。
 atamistaを支えるスタッフも、私を含め20代から30代を中心とした若いメンバーです。私たちは、旧来の旅館やホテルにはないものを求める世代。新しいものだけでなく古くからこの地に根づいた文化や歴史、そしてそれらが入り混じった熱海の良さを感じとる感性をもつ世代。そして、自分の子どもたちのために何ができるかを考え、真剣にまちづくりに取り組まなければならない世代でもあります。自ら立ち上がり、行動するのは私たちに与えられた役目なのではないでしょうか。
 その上ではもちろん、男性、女性という区別なく、双方に同じ機会があることが前提です。atamistaのスタッフは半数以上が女性ですし、彼女たちがいなければ成り立ちません。オンたまの運営においても同様です。オンたま参加者の7割近くが女性ですから、女性スタッフの感性は必要不可欠です。
 私は、市や行政の会議に出席する際には、「どうしてここに女性がいないのか」と必ず言うようにしています。残念ながら、意思決定の場には女性がほとんどいないというのが現状なんです。しかし、女性に限ったことではありませんが、多様な視点がなければおもしろいものは生まれてきません。いろんな人が同じテーブルにつき、フラットに話ができるということはものすごく重要なこと。私は今後も働きかけを続けていきたいと思っています。

思い描く理想は滞在型リゾートとしての熱海の姿

 熱海には、変えていかなければならない部分もたくさんあります。今いちばんの課題は、30代を中心とした若者世代の流出です。変革をもたらしているのが若者である一方で、街を出ていく若者もたくさんいるんです。考えられる理由としては、大学を卒業して地元に戻ってきた人が働きたいと思う職場が少ないことや、子育てや教育環境が十分に整備されていないことなどがあると思います。
 そんな状況を打開するために、まずは現状を把握し地域の課題を明確に捉えた上で、それに対して何ができるのかを考えなければなりません。そのために私たちは、今年度中を目標に「若者実態白書」発行に向けての調査を始めています。私たちは単に活動を続ければいいのではなく、そこからどんな変化が起こったのかを知り、自分たちの指標としていかなければならないと考えています。若者の流出を止めるためには行政による制度改革も必要ですから、まずは実態を共有することから始めたいと思っています。
 私がイメージする熱海の将来とは、本来あるべき「リゾート」としての姿。リゾートの語源はフランス語の「resortir=再び行く場所」であると聞きました。小さな街だけれどもたくさんの人が訪れ、地元の人たちがやっている個性的な店がたくさん並んでおり、人々は地のものを食べている。心と体の健康、人々の繋がり、豊かな自然、そういうものが守られる「都市住民にとっての第3の居場所」としての地位確立を目指しています。都市で暮らす人たちに、家でも職場でもなく、故郷や現在住んでいる場所でもない、第3の居場所として選んでもらえる場をつくっていきたいと思っています。
 そのために必要なことは、まちの資源を磨きあげ、地域事業の成功事例をつくり、人財を育てること。また、「リゾート」を成り立たせるライフスタイルの提案や社会変革も必要でしょう。それは簡単なことではありません。しかし私は、熱海であればその先駆けになれると思っています。熱海をモデルに、豊かな暮らしを社会に広く発信していきたい。この街に憧れる人たちが世界中からたくさん訪れる、熱海をそんな街にしていきたいと思っています。

取材日:2011.10



静岡県熱海市生まれ 熱海市在住


【 略 歴 】

2003東京都立大学大学院 理学研究科物理学専攻 修了
アジア・ヨーロッパ19ヵ国を放浪
IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社 勤務
2006NPO法人一新塾 入塾(18期生)
2007NPOatamista(任意団体)活動開始
チーム里庭 事務局長(2010~副代表)
2008atamista consulting設立
熱海温泉玉手箱(オンたま)実行委員会 副実行委員長(2009~実行委員長)
2009NPO法人エイミック 副理事長
2010NPO法人atamista 設立
2011株式会社machimori 設立

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