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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

「人に癒しを与えられる芸術表現」を目指して、
新たなスタートを切ったドラマセラピスト。

中野左知子(なかの・さちこ)

中野左知子(なかの・さちこ)


ドラマセラピスト
日本ドラマセラピー研究所 設立メンバー


- WEBサイト -

日本ドラマセラピー研究所

「人生は自分が主役のドラマ」だと気付くために

 ドラマセラピーというのは、自分に与えられた人生を「自分が主役のドラマ」と捉え直すことで、それまで以上に自信をもって、魅力的に生きていくためのセラピーです。セラピーでは、お芝居をつくるうえで必要なエクササイズや手法、演劇理論なども活用しますが、台詞を覚えたりということはありません。それぞれの人が本来もっていて、その場で自然に出てきたものを使ってストーリーを展開させていきます。まずゲームみたいなエクササイズから初め、そのうち即興で演じてもらうように段階を踏みながらセラピーへと進めていきます。
 ドラマセラピーの技法やエクササイズは、とても幅広く、グループの目的や問題に応じて内容は変わるので、必ずこれをやるとは言えないのですが、例えば、最初によくやるのは2人1組になって「ちょうだい」と「ダメ」という言葉だけを言い合うエクササイズ。繰り返していくうちに、いろんな言い方が出てきて、そのうち2人の間にだんだんイメージが生まれてきます。少したった頃、私が「もうちょっと好きな台詞を入れていいですよ」と言うと、「どうしていつもそういうこと言うの!」みたいに母子の会話に展開していったり……。
 ゲームの後、みなさんに感想を聞きます。いろんな反応が出てきますね。「ダメ」というのが辛いという人、いつも自分の子供にはっきり「ダメ」と言えないのでスッキリしたという人、子供の頃、駄々をこねたことがなかったので「ちょうだい」を言い続けることが気持ちよかったという人、もともと「ちょうだい」というのが苦手なので疲れたという人……。短い台詞なのに、人それぞれいろいろな感じ方があります。台詞は単純ですが、それだけでお芝居が成り立つんです。台詞がひと言なので、演じることに対する恐れや不安ぬきに、何らかの感情が出てきたり、どうしても誰かのイメージが浮かんできたり――そういうことが、次第にセラピーにつながっていきます。
 他にもいろいろな役割を演じるために、「ダイエット中の人と魅力的なスイーツ」という設定があります。「スイーツは人間の言葉が話せますから思いっきり誘惑してください」って言うんです。そうすると時間が来て「はい終わり!」といっても、私の声が聞こえないくらい、ものすごい騒ぎになる。自分からかなり遠い存在のものは演じやすいんですね。楽しみながら演技の練習もできるし、エクササイズを通して人とのつながりも自然に生まれます。
 ある程度いろんなことができそうになってきたら、4~5人のグループになってもらって、今度はいくつか役割を入れます。これは家族療法に基づいているんですけども、「面倒を避けたい人」「注目を集めたい人」「仲介する人」「文句を言う人」の4つの役割を必ず入れて、グループごとに家族構成を作ってもらう。面倒を避けるのが父親、注目を集めたいのが母親、仲介役は子供、文句を言うのはおじいちゃんかおばあちゃんとか、シングルマザーで4人兄弟ということもあります。
 それぞれ演じながらどんな気持ちがしたかを聞きます。家族はどんな人にとっても必ず意味のある存在なので、何か感じ入ってしまう人もいれば、自分の家族の良さがわかったという人、なかにはエクササイズの後、子供に対する普段の接し方がすごく変わりましたという方もいました。
 ドラマセラピーの後は、日記を書いてくださいとお願いしています。それぞれが自分が何を感じたかちゃんと見つめもらうためですね。

ドラマセラピーを学んで自分自身が救われた

 ドラマセラピーグループの参加者は大きく2通りあって、1つは鬱とか神経症、社会不安症、または何らかの問題を抱えている人が解決のために治療的に行うケース。静岡に限らず日本では、そういった問題を治療できる心理療法の場がすごく少ないのですが、ドラマセラピーは非常に役立つグループ療法の1つといえます。もう1つはセラピーそのものに興味があって、勉強として、あるいは自分に自信を持つためや自己成長のために参加する人たち。そういう方々は、内面を表現することに興味があって、敏感な人が多いですね。
 日本ではほとんどの人が自分の人生を「自分が主役の自分のドラマ」などとは思っていないですよね。それだけに、ドラマセラピーは日本でもっと活用の場面があると思います。日本人は何かを決めるときでも周囲との関係性を優先しがちで、そういうしがらみのために、自分が本当にしたいことを選べずに苦しむ人が多い。自分自身をいちばん大切に考えることに罪悪感のある人が圧倒的に多いわけです。その点、欧米の人たちは「もうちょっと人のこと考えてもいいんじゃない?」と言いたくなるくらい、自分が主役です(笑)。
 でも、日本人だって本当は自分のことを最優先で考えたいと思うんです。その証拠に、自分が思うように生きていないことを人のせいにしたり、人をうらやんだり、ひがんだりということが多いわけです。
 私自身ドラマセラピーを学ぶまで、自分にものすごく自信がもてない、自分が嫌いな人間だったんです。子供の頃から変わった子ではありました。団体行動からはみ出してみたり、皆がもっているものと同じものをもつのがイヤだったり、そういうことで仲間はずれにされたり……。「自分」をもっているのに、それを出せば必ず否定されるので、安心してありのままの自分を出すことができなかった。
 アメリカの大学院で勉強して良かったのは、ドラマセラピストになったこともありますけれど、それ以上に大きいのは自分に自信がもてて、「私はこれでいいんだ」と思えるようになったことですね。自分らしくいることが、とても楽になったんです。
 私が学んだ大学院では、卒業までに最低45時間のセラピーを受けることが義務づけられています。「セラピストは自分の問題に気づいていなければいけない」「自分の問題をきちんと解決できなければ、セラピストになる資格はない」という考え方なんです。日本ではカウンセラーがセラピーを体験したことさえなかったり、自分の問題に気づいてさえいない人もいるようですけれど、アメリカではそういう姿勢がプロとして当たり前なんです。自分のことを大切にすると、相手も大切であることがわかります。

日本社会の居心地の悪さを痛感したOL時代

 私は小さい頃は女優になりたいという夢がありました。でも、実は演劇をあまり好きではなかったんです。なのに、なぜか演劇がとても気になって、一度は日本の大学の文学部に入ったのですが1年間で中退しまして、留学もしたかったのでロンドン大学の演劇学科に入りました。
 イギリスで4年間勉強したあと日本に帰ってきて最も強く感じたのは、将来に対する不安です。演劇学科で学んだとはいっても、何か技術があるわけではない。アマチュアで演劇やっている人たちよりはイギリスでいいものを観てきた、いい勉強してきたという自負はありましたから、アマチュアから演劇を始める気にはなれませんでした。アマチュアで頑張ったその先に、プロへの道が開けているとは、到底思えなかったんですね。よく「アマチュアでも好きなことやれればいいじゃない」ということを言う人もいますけれど、私はそれじゃイヤだったんです。どうしても演劇を仕事にしたかった。
 演劇のプロとしての道を見つけたくて、東京でも探してみました。でも「ここでなら苦しくても頑張ってやっていこう」と思えるものに1つも出会えず、もう学生じゃないんだし、なんか仕事はしなくちゃいけないし……。両親に対しても「留学させてもらったんだからまともに就職しなきゃ」というプレッシャーもあって、「英語が使えるところ」ということで地元静岡で就職したんです。
 しかし実際のところは職場で英語が必要とされることもなく、「なんで私こういう生き方をしちゃったんだろう」って随分悩みましたね。妥協した生き方をしている自分も許せなかった。「自分にできることはやろう」と、子供の演劇コースで教えたりとか、ワークショップをやったりという活動もしていたんです。とはいえ、会社員という立場でのジレンマもありました。でも「勤務時間以外は私の時間」と割り切って、リハーサルやワークショップがあると、会社の飲み会を断ることもありました。「こんなことしたいわけじゃない」と思いながら会社にいる自分が大嫌いでした。
 そんなふうじゃ、やっぱり会社の人間関係もうまく行きません。つくづく日本社会に向いていないなと思いましたね。でも私は日本人だし、日本に居場所がほしい。そのためには、もう1回日本の外に出て準備しないといけない。そうでないと、この国には帰ってこられないとさえ思いました。本当は「自分」というものをもち続けていたいのに、日本にいるとそれがとても難しくて、とにかく日本を出たいと。
私はイギリスの大学にいたときから「人に癒しを与えられる芸術表現がしたい」と思っていました。でも「癒しのための芸術が、実際にどれだけ人を癒せるか」と考え始めたとき、正直よく分からなくて、それでセラピーを勉強してみようかなと。ドラマセラピストには、心理士という側面と芸術的な理解の双方が必要なので、ちょうどいいと思ったんですね。

セラピストとしての達成感がゴールではない

 大学院在学中からインターンとして現場に関わり始め、2005年に静岡に戻ってきてからもドラマセラピストとしてさまざまな仕事をしてきました。大学やカルチャースクールなどでの講座のほか、副理事を務めているNPO法人「心のケアグループ」、静岡市の市民団体「あそびのアトリエ」、知的障害者のための施設「安倍学園」など、いろいろな方を対象にグループセラピーやワークショップを開くチャンスに恵まれました。08年にはドラマセラピーの理論を体験的に学べる「ドラマティック・スイッチ」をあそびのアトリエの主催で開始しまして、ドラマとアートを使った専門講座なども企画・指導しました。「静岡市クリエーター支援センター」(CCC)で開いたワークショップも、ありがたいことに多くの方にご参加いただけました。全部で60人の方が参加しました。インターン時代を含めたこの7年間は、私にとって本当に大事な経験になっています。
 ドラマセラピー以外にも、静岡県立大学で学生の悩みを聞くカウンセラーとして、約5年半、務めさせていただきました。学生と話をするのは楽しかったですね。週4日、1日5~6人、多いときは8人くらい診ていましたのでキツイと思うこともありましたけれど、自分で言うのも何ですが、いい仕事ができたと思っています。
 でも、自分の到達点はドラマセラピーではないんです。今から3年ぐらい前、「セラピストとして生きていこうか」と思ったことがあったんです。しかしすぐに「あれ?どうして今、私は自分の人生を決めちゃうんだろう」とハッとしたんですね。「まだ時間はあるのに、そんなんじゃダメだ」と思いました。 ドラマセラピストとして仕事面では充実したんです。でも、それは演劇のプロというより、心理士という側面が大きい。「自分の本来の目的は何だっけ?」と改めて考えたとき、「人に癒しを与えられる芸術表現」という原点を思い出しました。
 実はもうすぐ、ポーランドに旅立つ予定です。

自分の完成形を求めるより前進し続ける生き方を

 ポーランドの演出家にイェジー・グロトフスキという人がいます。彼はこんなことを言っています。「俳優の仕事というのは、観客を精神的な旅に導くものであり、俳優は人間のもつさまざまな社会的仮面を全部はぎ落して、核となる普遍的な真実を観客に提示すべきだ」。その言葉を聞いて心を揺さぶられました。ロンドン大学の2年生のときの授業です。「人に癒しを与えられる芸術表現がしたい」という私の原点は、グロトフスキの言葉に始まっているんです。
 実はポーランド政府から2年間、助成金がもらえることになったんです。ポーランドでいちばん古いヤゲウォ大学に籍を置きながら、グロトフスキ研究所の所長さんと共同研究をする予定です。ヤゲウォ大学は、クラクフという街にあり、アウシュビッツの収容所の近くです。大学ではドラマセラピストとして演劇関係者を対象に、癒しのパフォーマンスアートの実践的な研究をします。ポーランドでは、あまりドラマセラピーが知られていないようなので、何が起こるか今から楽しみです。
 学生にカウンセリングをしていてよく感じたことは、「どうして皆、自分の『完全形』を求めるのかな」ということです。「こうなりたい」「こうならなきゃいけない」と思う気持ちはわかります。でも、これは私自身そうだったから言えることなんですが、「なんでもいいからとにかく進んでいく」という時期があってもいいと思うんです。そうしていれば、どこかには行けるわけだし、最初から「完成形」だけを追い求めても、そうすぐに辿り着けるものではありませんから。進んでいくうちに、いろんな発見があって、だんだん行きたい方向が明確になって、気がつくと「こうなりたい」という自分が少しずつ現実になっていくのだと思うんです。
 大切なのは進み続けることです。どっちに行っていいかわからなかったら、「これだけは譲れない」というものを探して、そこだけは妥協せずにとにかく進み続ける。学生たちにもそういうことを言ってきました。「私だって結局まだ進み続けてる。人生の目標地点に到達したら人生そこでおしまいというのではつまらないでしょ。それより、今いる場所もそれなりに良かったけれど、また進み続けていけば別の到達点もあるかもしれないという生き方のほうが楽しいと思うけどな」――そんなことをよく話しました。
 それは学生だけでなく、サラリーマンだって結婚して子育てしてる主婦だって、みんな同じです。「こういう自分になりたい」にはそもそも完成形なんてないんじゃないかと、最近私は思っています。

取材日:2010.10



静岡県静岡市生まれ ポーランド在住


【 略 歴 】

1999ロンドン大学演劇学科卒業
2002カリフォルニア統合学研究所 カウンセリング心理学修士課程修了
2005「日本ドラマセラピー研究所」設立
2005~2010静岡県立大学 カウンセラー
2007NPO法人「こころのケアグループ」副理事に就任
2010ポーランド政府の助成を受け、ヤゲウォ大学にてドラマセラピストとしての実践的研究ならびにグロトフスキの研究を開始

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