今「コムギコキッチン」には約20種類ぐらいのケーキがあります。カボチャやサツマイモはもちろん、トマト、小松菜、ゴボウ、里芋といった意外なケーキも人気です。野菜スイーツの店だと知らずにご来店くださるお客様は、やっぱり驚かれますね。特にお子様は素直なので「どうしてイチゴじゃなくてトマトなの？」って聞かれたりもします。
　最初は普通のケーキ屋さんで普通のケーキを扱っていましたが、東京のお店で野菜のスイーツを見かけたりして、いつか地元の野菜で何かできたら、と思っていました。浜松から遠州地域は全国的に見ても野菜の特産地で、珍しい西洋野菜やハーブ類を熱心に作っていらっしゃる農家さんも多いんです。特にコムギコキッチンに勤めてからは、規格外で市場には出せないけれど味はいい、という地場の野菜を活用する方法でケーキ作りをしてきました。野菜は旬のものなので、いつも同じものが同じ味で手に入るわけではありませんが、なるべく地元のものを使いつつ、旬にあわせて産地を変えるなど、いつでも楽しんでいただけるようにしています。
　今でもうまくケーキにできない野菜はありますね。キュウリのような青臭くて水分が多いもの、オクラのような粘りがあるものは加工しにくいです。逆に、小松菜は意外と使いやすく、ホワイトチョコと組み合わせることで青臭さや苦味が消え、緑がきれいなおいしいムースに仕上がっています。
　使うのが野菜だけに、色んなところからインスピレーションをもらっていて、お菓子だけでなく料理の本も参考にしますし、香辛料も組み合わせの候補に考えます。例えば黒コショウをジャガイモのタルトに使ったり。スパイスを入れることで、ちょっとしたアクセントになり、むしろ印象的なケーキが出来ることもあるんですよ。
　そうやって試行錯誤しておいしいケーキが出来たときは「やった！」と思いますが、実際に販売してしばらく経つと、もっとよくならないかなと思ってデザインを変えたり、材料を加えたり抜いてみたり。食べやすくおいしいものができないか、常に考えています。

　大学卒業後、いったんは一般企業に就職しましたが、お菓子作りの仕事への夢があきらめきれず、製菓専門学校に入学しました。このまま仕事に集中できないよりは、思い切ってチャレンジしてみよう、と。もちろん好きで選んだ仕事でも辛いこと、失敗もいっぱいありますし、体を使う仕事なので見た目よりハードですが、毎日とても楽しいです。同時に、食を扱うことに対しての責任の重さも感じています。
　以前、販売をしていた店で「豆乳プリン」を扱っていました。牛乳アレルギーのお子様をお持ちのお母様に「牛乳が入っていますか」と聞かれたので、豆乳だけです、とお答えして販売してしまったのですが、後で作っている人に確認したら、牛乳もちょっと入っていることが分かり…。たまたまご連絡がついたのでよかったですが、そのとき、食ってとても大事だということ、その食の販売者であることは、それだけ命を預かることだから、一つの商品に関しても全てのことを知っていないといけない、と強く思いました。
　今は全ての商品の工程を把握し、どんな質問にもお答えできるようにしています。

　おいしかったよ、という声はやっぱりうれしいです。特に、トマト嫌いなお子様が「ここのトマトのケーキは食べられた」と言って下さったりすると、心からよかった！と思います。以前から、野菜を使ったケーキが、野菜嫌いを払拭するきっかけになったら、と思っていたので、その一歩になれたのかな、と。
　フルーツにはフルーツの、野菜には野菜のいいところ、個性があって、その個性を活かすことで、それぞれの幅が広がると思うんです。フルーツは甘いし香りがいいから使いやすいけれど、そこに青臭さや土臭さといったものがアクセントとして野菜から引き出せて、それがケーキに活かせるなら、また違うおいしさに出合えるかもしれないですね。
　これから他の野菜にもチャレンジしてみたいし、また生産者さんの現場や状況をお客様にご紹介する機会があれば、お伝えしていきたいと考えています。地元でどんな人がどうやって野菜を作っているのか、それを知っていただくことで、野菜の違った楽しみ方が提案できるのではないかと思っています。