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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

企業をたずね、本当の意味での「いい会社」を支援。
幸福度を指標にした社会への変換を訴える。

坂本光司(さかもと・こうじ)

坂本光司(さかもと・こうじ)


法政大学大学院政策創造研究科 教授
法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長


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法政大学大学院静岡サテライトキャンパス

6,600の会社を訪問し「いい会社」を診断

 いい会社、いい企業。そう聞いて思い浮かべるのは、どんな会社でしょうか。知名度が高いブランド企業である。一部上場企業である。業績が高い、成長スピードが速い。あるいは、世界に先駆けて最先端の商品を作っている。商品のシェアがナンバーワン――。圧倒的多数の方々は、そんなイメージをもっているのではないかと思います。しかし私は、決してそういう判断基準で会社を「いい会社」とはとらえていません。私が考える「いい会社」とは、まず何より、人を大切にする会社。人を犠牲にせず、人の幸せを第一に念じている会社です。辞職する社員がほとんどおらず、従業員解雇なんてしたことがない。そういう会社こそ、本当の意味で「いい会社」だと言えるのではないでしょうか。
 私の専門は経営学で、地域経済論や企業経営論を中心に研究しています。おもに中小企業を対象にしたフィールドワーク、ケーススタディーを行っています。あらゆる分野の企業へ足を運び、独自の「企業診断チェックリスト」をもとに会社を診断、アドバイスしています。訪れる企業は、北海道から沖縄まで全国におよび、時には海外へ出向くこともあります。平均して1年間に200~250社、これまで訪れた会社は国内だけで6,600社に上ります。
 実際に企業を訪問するのにはわけがあります。現場を見、経営者や社員の方から直接話を聞くことで初めて見えてくる問題点、解決策があるからです。私の研究は、今日の現場に役立つものでありたい、目の前の困っている人のためになるものでありたいと常々思っていますから、現場に赴き、アドバイスをすることにこそ意味があるのです。机上で議論しているだけでは何も解決しません。先ほど述べた「いい企業」も、多くの企業を訪ね、私なりの「ものさし」を築き上げていったから言えることです。業績よりもまず「人」を大切にすることに努力している中小企業を支援する。それが私の使命だと思っています。

動機が善の「大切にしたい会社」との出合い

 研究内容はなるべく多くの方に役立てていただきたいとの思いで、本を執筆しています。経営者向けのもの、サラリーマン向けのものなどさまざまですが、そのなかの1冊『日本でいちばん大切にしたい会社』は2008年に出版しました。
 この本を出版したのは、1つの会社との出合いがきっかけでした。『日本で一番大切にしたい会社』冒頭に「日本理化学工業株式会社」という会社を取り上げました。神奈川県川崎市にある、チョークを作っているこの会社の存在は、以前から知ってはいましたが、あの会社を発見できなかったら、本という形にすることはなかったでしょう。
 日本理化学工業は全社員の約7割を障害者が占めており、社会的弱者、つまり障害者の雇用の維持と、働く喜びをつくることをテーマに頑張っています。私が訪ねたとき、社長から「障害者に働く喜びを提供したい、そのために雇用しています」という話を聞きました。その言葉通り、働いている方々の顔つきや目つきが、とてもいきいきしていた。「働く喜び」をみんなが感じて働いているのだ、ということが、私にも伝わってきました。儲け至上主義ではなく、純粋に「善」が動機の会社なのです。
 同時に、決して難しい商品をつくっているのではない分、この競争社会、アジア各国への国際分業化の、波間に消えてしまうかもしれないという危機感も感じました。
 この会社のために私に何ができるだろう……そう真剣に考えました。私の仕事は研究者としてペンと口を通じて人を大切にする会社を評価することです。それによって、そうした会社をつぶさないよう支援し、増やしていくことができるはずです。ならばこの会社は絶対につぶしてはいけない、世の中のために残しておかなければいけない。本を出版することで多くの人にこの会社の存在を知らしめる。そのとき、この会社を知った方々はきっと行動を起こしてくれるだろう、この会社の商品をこぞって買ってくれるだろう――そう考えたのです。

「必要なのは人材」を突きつけた著書に反響

 私は書籍の奥付に必ず自分のメールアドレスを記載しています。こういった本を世に出す以上、あらゆる意見を受け入れる責任があるからです。案の定、日本中の会社の社長が何人も、この本についてメールで感想を送ってくれました。よくぞこういう会社を発掘してくれた、と。「景気や社員のせいにしていたが問題は私の心にあった。変わるべきは私だった」「これまで社員や下請けを材料やコストのように考えていた」と書いて下さっている経営者の方もいました。ありがたいことに、口コミでこの本を紹介して下さる方が増え、多くのメディアにも取り上げられたこともあり、企業関係者だけでなく、主婦や就職活動中の学生などからも反響がありました。
 私はこの本が、日本人が長らく忘れていたことを思い出させるきっかけになったのではと思っています。というのも、戦後の高度経済成長を経て、日本の多くの企業は業績第一主義への一途をたどっていきました。株主や親会社の機嫌をうかがい、目の前の業績を上げるためには手段を選ばない会社。客には分からないからと賞味期限を偽装して新聞ざたになる企業。景気が悪化したら従業員を解雇する、職場環境が悪く社員にケガが絶えない、そんな会社もあります。障害者の雇用が法律で決められているにも関わらず、見て見ぬふりをしている会社も少なくありません。そういう会社に「あなた方は何をやっているのだ」と、はっきり突きつけたわけです。
 企業経営とは、多くの人を幸せにすることであって、業績を高める活動ではないのだというのが私の持論です。企業経営に必要なもの、それは1に人材2に人材3に人材。それほどに企業というのは「人」が全てなのです。物や金が必要という人もいますが「人」以外は、人を幸せにするための道具に過ぎません。それをこの本のなかでもはっきり書きました。これで劇的に何かが変わるというわけではないかもしれない。でも、少しずつでも既存の「いい会社」のものさしに当てはまらない、「善」を動機にした「本当にいい会社」を目指す人が増えてくれれば、こんなにうれしいことはありません。

企業から教えられた「社員を幸せに」の経営学

 とはいえ、こういう考え方は残念ながらまだ少数派でしょう。私が大学で経営学を学んでいた頃も、そして社会に出てからも「業績を高める会社がいい会社」と学んできました。ですから私も、最初はそういう視点で企業を見ていました。
 大学卒業後、私はとある公的機関に勤めていました。その時たまたま担当になった仕事が、中小企業の現場に出向いて問題点に解決を促す、という業務だったのです。私は分からないことも自分なりに一生懸命勉強し、答えるようにしていました。すると、「今度の担当者は親切でていねいだ」と口コミでうわさが広がるようになりました。自分が調べたことが、誰かの役に立つ。そんな仕事にやりがいを感じ、これが天職ではないかと感じるようになりました。いったんやりがいを感じると、たとえ難しい課題でも1つひとつ逃げずに向き合うようになり、次第に私はこの仕事にのめりこんでいきました。会社をまわり、ヒアリングして分析し、他の会社の問題解決に役立てていくわけですね。若い頃は、私も経験が少ないですから、会社を訪問しても教えてもらうだけで精一杯でした。
 ところが、訪ねる企業のなかにときどき「業績は目的ではなく、結果、現象です」と話す方がいらっしゃいました。どうしたら業績を高められるのか、という私の質問に「業績を高めたいと思ったことはありません。社員を幸せにしたいという一心でやってきたら、その結果、業績も高くなった」というのです。1社だけではありませんでした。それで私は、今まで学んできた経営学は間違っているのでは……と疑問を抱くようになったのです。
 ですが、自分自身が働いている状況を改めて考えてみれば、決して会社の売上高を高めるために働いているのではない。ただ幸せになりたいから働いているのですね。ならば、一社員を1人の人間として扱い、その家族の幸せを考える会社の方が正しいのではないか。株主を喜ばせるためなら社員の解雇もいとわないという会社が、そもそも間違っているのではないか、ということが、だんだんわかってきたのです。もちろん、それまでの価値観をすぐには変えられませんから、自分でも「これでいいのか」と迷うときもありました。ですが、先進的な企業に行くと、しばしば皆さんがこのようにおっしゃる。それで「いい企業とは人を大切にする企業だ」という解にたどり着いたのです。

幸福度を重視する価値観への変換を目指して

 この11月に『日本でいちばん幸せな県民(ケンミン)』という本を出します。私がキャンパス長を務める、法政大学大学院政策創造研究科静岡サテライト校の研究室で、社会人修士学生たちとともにプロジェクトチームを立ち上げ、47都道府県の「幸福度」を分析しまとめたものです。経済指標であるGNPやGDPではなく、GNH=Gross National Happiness、つまり「幸福度」によって、どの県民がもっとも「幸福感を感じているか」ということについて述べています。
 このGNHは、もともとブータン王国で言われ始めた言葉です。ブータンという国は、経済学的には貧困な部類で、他国から見ても決して豊かではないにも関わらず、国民の約97%が幸せを感じている、と言われています。私は日本においても、このGNHこそ「ものさし」になるべきだと思っています。
 例えば教育分野では、いまだに偏差値教育が重視されていて、この高校からどの大学に何人入った、この大学から東証一部上場企業に何人入った、何人が公務員になった、だからいい学校だ、という評価がまかり通っていますよね。しかしそれは学校側の都合であって、学生1人ひとりの幸せを本当に考えた教育ではないし、GDPの考え方でしかない。偏差値の高い大学、ブランド企業に入ったからといって、果たしてそれが本人の幸せにつながるかというと、現実は1年で辞めたりうつになったり、果ては自殺したりする人もいるわけです。決して「幸せになるため」の教育ではないのです。ですから教育機関もGNHという考え方で自分のタスクや使命を果たすことを目指してほしい。ハピネス軸――GNHのHを考えることで初めて、私たちが待ち望んだ、心優しい人が宿る理想的な国家になるはずです。

全国から若者を引き付ける「なにもない幸せの島」

 日本での例を1つ挙げましょう。島根県隠岐諸島の1つ、海士町です。人口2400人、島根半島から沖合60㎞にある離島です。飛行機もなく交通の便も悪い、映画館やパチンコ店などの娯楽施設もない。「ないものはない」というキャッチコピーがついているほどです。ですが昭和20年代を彷彿とさせるこの島に今、全国から若者が続々とi(アイ)ターンしていて、人口が増え続けているのです。
 普通なら考えられないこの現象を調べようと、私たちも10月に海士町を訪れました。町長は「自立・挑戦・交流~そして人と自然が輝く島」を経営方針として町政を行っていました。高校生が地域活性化プロジェクトを立ち上げたり、福祉施設による地域商品の開発と生産もさかんでした。そんな町に魅せられて移り住んだ若者による起業も少なくありません。
 町長が、町民に対して「幸せですか」「行政に満足していますか」というアンケートをしたところ、町民の85%が幸せだと回答しています。この町は「幸せ」をテーマにしているのです。私は、ここは日本のブータンではないかと思っています。
 どうしたら相手が幸せになれるか、そういう政治や教育は、あるようでありません。経済成長や、勝った負けたに終始する社会、誰かの犠牲がないと成り立たない社会ではなく、みんなが喜びも悲しみも苦しみもともに分かち合うような社会。それが正しいということに、今の若者は気づき始めているのです。日本は先進国で、豊かであるはずなのに、現実は毎年3万人も自殺する世の中になってしまっています。こんな社会を夢見て日本人は努力してきたわけではないはずです。どこかで歪んでしまった社会、それを直して次の世代につなげていくのが、私たちリーダーの大切な役目ではないでしょうか。

心の時代に伝えたい、弱者に手を差し伸べる大切さ

 今の世の中は格差社会だと言われますが、努力してもなかなか成果があがらない「真の弱者」との間にできた格差と、努力を怠った、あるいは間違った努力をした「偽者の弱者」との格差は違うと、私は思うのです。真の弱者とは、障害者やお年寄り、シングルマザーもそうですね。そういう、社会的なひずみ、努力の限界を超えて発生した格差社会であるならば、これは社会のしくみとして直していかなければならない。実際、真の弱者のために手を差し伸べている、そんな「22世紀型企業」は日本にもあるのです。
 例えば、私が著書や講演会などでよく紹介している「ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン」。暗闇の世界を体験するという取り組みを行っています。視覚障害者に働く喜びを作るために作られた会社で、社員全員が視覚障害者です。この会社を作った人は、この業界に縁もゆかりもない人でしたが、自分はこんなに恵まれていていいのだろうかという社会的責任を感じ、その実態から逃げずにビジネスにまでした人です。
 こうした会社を紹介することで、その思いが多くの人に伝わって行けばいい。私も『心の時代の感動サービス』という本を書きましたが、今は心の時代です。男性も女性も、障害者も健常者も、正規社員も非正規社員も、日本人も外国人も、すべての人が垣根を超えて幸せになるために努力しようという方向へ、価値観が変わりつつある。今の時代なら、真の弱者のために働きかける大切さが伝わっていくと確信しています。
 私が海外出張の帰りに電車に乗ったときのことです。静岡駅からJRに乗り換えて、なんとか電車で座れたのもつかの間、少し離れた場所に1人のおばあさんが手すりにつかまって立っているのが目に入りました。優先席もいっぱいになるほど混雑しているなか、私は隣に座っていた女性に「申し訳ないが、今からあのおばあさんを連れてくるのでそれまで席を取っておいて下さい」と頼んで、おばあさんを連れてきました。するとその女性は「私は次の駅で降りますから」と私に席を譲ってくれた。私の行為が、いい形で伝染したのでしょう。こんな風に「人に手を差し伸べる」という当たり前のことが当たり前にできるように伝わっていけばいい。そのために、私はペンと口で「いい会社」について語り伝えていきます。幸せ軸でものを考える世の中にするための、それが小さな一歩なのです。

取材日:2011.10



静岡県志太郡大井川町生まれ 焼津市在住


【 略 歴 】

1970法政大学経営学部卒業
1992浜松大学経営情報学部教授
2008『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)出版
法政大学大学院制作創造研究科(地域づくり大学院)教授
2009法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長
法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBA)兼担教授

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