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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

スペシャリストとして、1人ひとりの患者に向き合い、
がんとともに生きる人々の日常をサポート。

宮本康敬(みやもと・やすのり)

宮本康敬(みやもと・やすのり)


浜松オンコロジーセンター がん専門薬剤師
特定非営利活動法人がん情報局 理事


- WEBサイト -

圭友会 渡辺医院 浜松オンコロジーセンター
NPO法人 がん情報局

小規模ながら高い機能性を備えたがんの診療所

「浜松オンコロジーセンター」は、さまざまながんの治療を行う医療機関です。生活習慣病を中心に内科診察も行っていますが、乳がんや子宮がん、卵巣がん、胃がん、大腸がん、肺がんなど、さまざまながんの患者さんに対し、抗がん剤やホルモン剤による治療を行っています。
 80年代以降、日本人の死因のトップとなったがんは、今や死亡者の3割を占めます。しかし、医学が進歩したおかげで、がんを発症しても、抗がん剤やホルモン剤による治療をしながら、普通の生活を送ることも可能になってきています。
 浜松オンコロジーセンターは2005年、院長で腫瘍内科医の渡辺亨が開設しました。がんの患者さんのために、コンビニのように身近でありながら、しっかりとした機能性をもつ高機能診療所が必要ではないか、大病院に行かなくても、治療可能な小規模診療所が求められているのではないか――そうした理念によって、設立されましたクリニックです。がん治療のほかに、乳がん検診も行っています。お子さんがいる方にも、安心して受診していただけるよう、託児サービスつきの「子育て乳がん検診」も実施しています。 
 がんのための入院や手術、検査が必要な場合は、適切な病院を紹介するなど、患者さんのニーズに合わせて対応しています。セカンドオピニオンを受けられる方も多いですね。静岡県内はもちろん、名古屋をはじめ愛知や岐阜など、他県から見える患者さんもいます。
 私は、薬剤師のなかでもがんに特化した「がん専門薬剤師」です。調剤だけでなく、患者さんに薬の説明をしたり、抗がん剤の場合は副作用の話をしたり、できるだけ快適に治療を続けていただくためのサポートを行っています。
 がん治療は他の病気と違って、抗がん剤の投与により、今までに経験したことのないような副作用を伴う場合があります。そうした副作用の影響も考慮したうえで、患者さんを中心に、医師や看護師と相談しながら、治療の方針を決めていくのが、私の役割です。副作用を抑える薬の併用を薦めたり、痛み止めの使い方を説明したり、患者さんとともにご家族にも安心してもらえるよう、十分な説明を心掛けています。

ジェネラリストよりスペシャリストを目指す

 医療関係の仕事に興味をもつようになったのは、中学生の頃。祖父が亡くなったとき、病院で働く医師や看護師の姿を見て、「自分も将来、病院で働く人になりたい」と、漠然と思ったのがきっかけです。その後、高校に入ってから薬剤師という職業を知り、薬学部を目指しました。
 大学では「薬物動態学」という、血中濃度がどのような要因で変化するのかということを研究しました。1998年に薬学部を卒業した後、国家試験に合格し、晴れて薬剤師になりました。
 しかし、病院薬剤師について、もう少し勉強を続けたかったので、大学院に進学しました。大学院では1年半ほど、横浜市立大学附属病院にで、普通の薬剤師と同じように、医師や患者さんと接する現場にいたんです。そのなかで、がんの患者さんに接する機会もたびたびありました。しかし当時はまだ、がんを専門にするということは考えていませんでした。
 その後、横浜市大病院時代の先生の紹介で、1998年から約10年間、浜松医科大学附属病院に勤務しました。当時は、特に専門性を意識せず、さまざまな病気について、最新の医薬品の知識を幅広くもちたいと思っていましたね。大学病院なので、扱う疾患は多岐にわたります。加えて、毎年、非常に多くの新製品が発売されますから、薬の名前をひととおり覚えるだけでも、大変な作業でした。
 がんに注目し始めたのは、今から5~6年前。浜松医大病院で、乳がんを担当していた乳腺外科の医師と親しくなったことと、抗がん剤の調製を担当したことがきっかけです。乳腺外科の医師に勧められたこともあり、職場以外で行われる、がんの勉強会などにも出掛けるようになりました。今まで知らなかったこと、疑問に思っていたことを勉強会で学び、医師や患者さんとがんの話がしやすくなっていった、という実感はありましたね。
 その頃、浜松医大病院では、外来の患者さんを対象に点滴治療を行う「外来化学療法センター」ができました。私はそれ以前から、がんの患者さんを中心に、この分野に携わっていたため、専任薬剤師を務めることになったんです。2006年のことです。
 新しい職場で、これまで以上にがんの患者さんに関わる機会が増えまして、抗がん剤の副作用と闘いながら、懸命に生きようとする患者さんに「何かしてあげたい」「自分に何ができるだろう」という気持ちが強くなっていきました。「がんと闘っている患者さんの力になりたい。そのために、薬剤師として専門性を深めて行きたい」―。そんな使命感のようなものを、感じるようになったんですね。そういう気持ちは、今も変わりません。
 2008年に、日本病院薬剤師会によって「がん専門薬剤師認定制度」ができたことを知り、自分も資格取得に挑戦。同年取得しました。3カ月間研修を受けたり、試験もあるので、働きながらの勉強はハードでしたね。でも、この資格を取得したことで、他の薬剤師や医師から質問を受けるなど、「がんに詳しい」と認識されるようになったと感じています。

適正に治療すれば乳がんは治る可能性がある

 がんのなかでも、私が特に興味をもったのは乳がんです。乳がんは、他のがんに比べ、治療期間が長いのが特徴のひとつで、治療が長い分、薬とも長く付き合わなければならず、薬剤師が果たす役割も大きい。
 乳がんが発見され浸潤していると、他部位への転移を想定し、体内のがんを一掃する治療を、抗がん剤やホルモン剤を使って集中的に行うケースが多いです。こうした初期段階の集中治療は、短い人でも半年、長い場合だと5~6年間かかります。
 初期治療によって治癒するのは、全体の3分の2ぐらいでしょうか。残りの3分の1は、治療を継続しなければならず、症状を軽減したり、緩和する薬で、治療を続けていきます。
 乳がんの患者さんが精神的に厳しい理由のひとつは、10~15年経っても再発の可能性が依然、残っているため、なかなか「治りました」と医師に告げられないことです。例えば大腸がんの場合、5年間再発しないことが完治のひとつの目安になりますが、乳がんでは、ずっと再発を心配し続けなければなりません。薬との戦いに加えて、精神的な負担も、かなりの大きいように思います。
 乳がんの患者さんに対する薬剤師の役割は、まず、できるだけ副作用が出ないようにするための薬を提案すること。抗がん剤は近年、かなり改良が進んで、投薬しながら日常生活を支障なく続けることも可能です。新しい薬がどんどん開発されているので、日々の勉強と情報収集は欠かせません。
 もうひとつは、患者さんの精神的な負担が少しでも和らぐよう、患者さんの不安や悩みに耳を傾けること。ホルモン剤を使う治療が長引くと、急にほてったり、関節が動かしにくくなる副作用が出ることがあります。そういう場合は、「薬に頼るよりも、部屋を涼しめにしたり、軽い運動をすることで、症状を軽減できますよ」と、アドバイスします。
 乳がんの人は、「牛乳を飲んではダメ」「白いものを食べてはいけない」などという俗説が、一部では、まことしやかに伝えられています。しかし、普通の食品なら、何を食べても問題ありません。
 手術も、必ずしも「全摘出」というわけではないんです。投薬でがんが小さくなれば、「一部摘出」という、見た目もあまり変わらない治療も可能となっています。適正に治療すれば、乳がんは治癒の可能性があるということを、伝えていくことが大切ですね。

「小さな職場」であるメリットを最大限に活用

 薬剤師には、病院内の薬剤師と、街中にある調剤薬局の薬剤師がいます。外から見るとわからないと思いますが、病院と調剤薬局の薬剤師の間には見えない壁があって、まるで別業界のように交流がないんですね。
 最近、がん患者さんのなかには、すぐには入院せず、外来で治療を行う人が増えています。当然、今まで、がん患者さんとあまり接することがなかった調剤薬局の薬剤師も、がんについて知っておく必要があります。医師が処方する意図と、調剤薬局での説明とがくい違っているのは大きな問題ですし、第一、患者さんが混乱してしまいます。
 しかし、病院外の調剤薬局に目を向けてみると、調剤薬局の薬剤師は、がんのことをあまり知らない。実は、私の妻は調剤薬局の薬剤師です。職場の話を聞いていると、「このままではまずいのでは」と、思うようになりました。
 例えば、抗がん剤は注射することが多いのに、調剤薬局の薬剤師は、注射薬を見たことがない人もいます。抗がん剤の色、点滴にかける時間、副作用の内容といった基礎知識は、病院内外に関わらず、すべての薬剤師に不可欠なものです。それで、「調剤薬局の薬剤師も含めたがん治療薬のセミナーを開きたい」と、がん情報局の理事長でもある渡辺に相談したんです。
 渡辺が理解を示してくれましたので、同僚と1年かけて準備し、今年4月、初の「浜松がん薬物療法セミナ―」を開きました。参加者は50人ぐらい。「難しい」といった声もありましたが、意義は大きかったと思いますね。薬剤師であるからには、がん患者さんとのコミュニケーションが取れたほうがいいし、そのためのツールは多くの人で共有した方がいい。
 セミナーは今後も続けていきたいと思っています。このセミナーを機に、当院を見学に訪れた薬剤師もいました。こういうことで、病院薬剤師と薬局薬剤師の垣根が少しでもなくなり、連携がうまくいけばいいなと思っています。
 私の専門はがんなので、「がんについて一緒に学んでいきましょう」と働きかけていますが、他の領域に詳しい薬剤師の方が呼びかけてくれれば、ともに学び合うことができます。そういった薬剤師どうしの勉強会が、浜松でうまくいけば、他の地域でも実施できるしくみができあがります。薬剤師どうしの交流が深まることは、最終的に、患者さんにとってのメリットになるはずです。

ピンクうなぎリボンや公開講座で市民にもアピール

「がん情報局」では他にも、がん検診の啓発活動や、「乳がん市民公開講座」などを行っています。
 2010年10月には、浜松ならではのピンクリボン「ピンクうなぎリボン」が完成しました。デザインしたのは、同僚の看護師です。地元の新聞をはじめ、メディアでも大きく取り上げられました。今年4月からは、大腸がん検診を啓発する「ブルーうなぎリボン」も登場しています。
 がん全般に言えることですが、治療がうまく進むためには早期発見、早期治療が不可欠です。そのためには、まず定期的ながん検診が必要ですね。誰しも、がんにはかかりたくありません。定期検診など、やれるときに、やれることを、きちんとやっておいて、それでもかかってしまったら、早い段階で治療を受ける。――公開講座では、そう訴えています。
 一般の方々を対象とした「乳がん市民公開講座」は、2006年にスタートし、既に11回、開催しました。毎回、医師や薬剤師、看護師など、がんの専門家がパネリストとなり、がんに関する基本的な知識を、それぞれの観点でお話していただきます。「さくや姫」で、浜松を拠点に医療かつらを販売しているヘアサプライピアの佐藤真琴さんにも、準備の段階から参加していただいます。200人ぐらいの参加者のなかには、若い女性も多いですし、幼い子供を連れてきている母親の姿もあります。皆さん、熱心メモをとりながら、講義を聞いてくださります。
 講座の第2部では、参加者の質問や疑問に答える時間があるのですが、毎回、40近い質問が寄せられます。なかには、どう答えたらいいか、頭を悩ます質問が飛び出します。非常に勉強になりますし、鍛えられますね。乳がんについてのセミナーですから、患者さんご本人はもちろん、夫や父親など、家族がどう接していいかわからず、戸惑っているという声も少なくありません。

家族にとって「欠かせない存在」を守るために

 乳がんに関わるようになって、女性に対する見方が変わった点は、「あの人、検診行ってるかな」と、思うようになったことです。もちろん、妻にも検診を薦めています。
 現在、わが家には、小学2年生の娘と、2歳の息子がいます。子供がまだ小さいので、私や妻が、もしがんになったら……と思うこともありますね。子育ての大変さは、理解しているつもりですので、小さなお子さんがいる患者さんを見ると、「大変だろうな」と思います。
 乳がんにかかる患者さんは、40~50代の女性が多いです。家庭でも職場でも「なくてはならない存在」として、忙しく活躍している世代ですね。ご本人はもちろん、家族をはじめ周囲の人たちに、大きな影響が出てしまうことは必至でしょう。
 がんの患者さんは多分、皆さん各々に悩みを抱えているはずです。薬の説明をするとき、体調や副作用の様子を聞くときは、いつも患者さんと同じ目線になるよう、自分の目線の高さに心掛けています。
 先ほども申しましたが、がんと闘う人たちに「何とかしてあげたい」という思いは、がん専門の薬剤師を志したときから、ずっと変わりません。しかし、他人である以上「わかりきってあげられない」とも感じています。安易に「わかるよ」とは言えません。
 薬を出しても副作用がなくならなかったり、がんの進行が進んでしまう方もいます。その辛い気持ちを、私たちに話してくれる方もいますが、話すことさえ辛そうな方もいらっしゃる。だからといって、無理に強く聞き出したりということはしませんね。
 薬剤師として、自分にできることをすることが、がんの患者さん一人ひとりの時間に、丁寧に関わっていくということだと考えています。

取材日:2011.7



大阪府生まれ 静岡県浜松市在住


【 略 歴 】

1996明治薬科大学 薬学部薬剤学科 卒業
1998明治薬科大学大学院 薬学研究科 前期博士課程 修了
北里大学病院 薬剤部
浜松医科大学医学部付属病院 薬剤部調剤室
2006浜松医科大学医学部付属病院 外来化学療法センター 専任薬剤師
2008がん専門薬剤師認定 取得
2009圭友会 浜松オンコロジーセンター 薬剤部長
NPO法人「がん情報局」での活動開始

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