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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

女性の活躍で、地域をもっと豊かに。
幅広いフィールドで市民活動を後押しする研究者。

日詰一幸(ひづめ・かずゆき)

日詰一幸(ひづめ・かずゆき)


静岡大学 人文学部法学科 教授


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静岡大学
静岡大学人文学部

静岡に赴任したことが研究者としての大きな転機

 私の専門分野は行政学です。行政学とは、ひと言で言うと、官僚制の構造に焦点を当てる学問ですね。政策の立案、決定、執行、評価という一連のプロセスのなかで、官僚たちが、どのような役割や機能を果たしているかを調査研究します。
 行政学の主要な類型のなかには、市民参加論や地方自治論などもあります。最近、「市民協働」ということがよく言われますが、公的な事業を展開する行政とNPOは、どう連携し、いかに役割分担すべきかというコラボレーションの議論も、行政学の大きなテーマですね。
 私は今から15年前、1996年に静岡大学に赴任しました。その頃の研究テーマは、「ニューヨーク市政」。ちょうど注目されはじめていたNPO活動も、興味の対象の1つでした。学生時代から名古屋に住んでいましたので、大都市問題――都市政治や都市行政への関心が高かったのですが、静岡という地方都市に来たことで、日本の地方自治にも興味をもつようになりました。
 静岡に来たことは、私にとって、大きな転機だったと言えるかもしれません。というのも、名古屋では、自治体との関わりはほとんどなかったのですが、静岡では県や市町が身近な存在になり、いろいろなつながりが生まれていったんです。そういうなかで、男女共同参画、福祉、環境、人権など、さまざまな分野の市民活動団体や活動家たちと出会いました。
 現在、「もくようの会」の代表を務める秋野征子さん、県内初のNPO法人である「活き生きネットワーク」の杉本彰子さん、「浜松NPOネットワークセンター」の前代表理事で、この4月まで浜松市議会議員でいらした山口祐子さん……。大きな影響をいただいた活動家には、なぜか女性が多いですね。
 私のそれ以前のNPOに対する関心は、「日本全体における動向」というような、マクロ的なものでした。しかし、活動の現場にいる人たちに接するうちに、自分の問題意識や関心、さらには研究領域がぐっと広がったんです。
 私自身、行政学の専門家と言う立場で、活動に参加するようにもなりました。2002年には、県が運営する「ふじのくにNPO活動センター」の管理運営委託業務に携わりました。現在、会長を務める「ライフサポートしずおか」は、設立の準備段階から7年ほど、関わっています。
 活動の現場が増えるのにともなって、研究スタイルも、「実践のなかで理論を捉え直す」というスタイルに変わっていきました。

社会構造そのものが女性の社会進出を阻む日本

 さまざまな出会いのなかで、最も影響を受けた1人である秋野征子さんは、私にとって男女共同参画の先生のような存在です。2002年から2003年に、静岡県男女共同参画交流会議(あざれあ交流会議)の代表を務められた方ですね。
 秋野さんは長年、志太榛原地区で、男女共同参画の活動をなさっていらして、NPO関連の講座を通じて知り合いました。「これからは男女共同参画とNPOをつなげて考えていかなければいけない」という考え方が、私自身の「今後地域社会において、NPOはいかにあるべきか」という問題関心に重なったわけです。
 秋野さんは、現状を見据え、新しい社会を実現するためには何が必要かを捉える感性が、非常に鋭い方です。1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が施行され、その翌年、男女共同参画社会基本法が成立したのですが、秋野さんは「この2つの法律は、これからの日本社会を変えるうえで、大きな原動力になるに違いないと感じた」とおっしゃった。非常に先見性のある視点だと思いましたね。男女共同参画の活動を、長年続けるなかで研ぎ澄まされてきた感性なのだろうと思いました。
 私はそれまで、男女共同参画ということを、あまり意識したことがありませんでした。フェミニズムやジェンダーフリーというムーブメントもありましたが、個人的には「ちょっとついていけないな」と、感じていたんです。
 大学院には、女性研究者もたくさんいました。仲間どうしでも学会などでも、研究の話は、男女ということを意識したことはありません。しかし、ひとたび社会に出てみると、男女の差――もっと言えば、性別による格差や差別というのは、歴然と存在していました。
 言うまでもなく、性別で能力の差があるわけじゃありません。日本の社会の構造そのものが、女性の能力を向上させていく機会を与えていない、つまり、女性のチャンスを奪う構造ができあがっているわけです。
 男女共同参画社会基本法ができたことで、わが国は、そうした男女間の格差を解消する方向に、社会がシフトしたと思います。しかし法律ができたからと言って、特に地域社会の場合、新しい価値観が理解されにくい状況があったことも事実です。
 男性中心のコミュニティを変えていくには、依然として存在し続ける男女間の格差や、根深い差別的意識を敏感に捉え、男性たちの意識を変えるしかありません。そういう草の根的な活動に取り組んでいる女性たちと連携し、活動や組織をサポートしたり、アドバイスすること。それが、地域貢献にもつながる、私の役割なんじゃないか。
 秋野さんの熱心な活動を目の当たりにして、そういう気付きと自覚にたどり着いたわけです。

女性の視点を活かせば社会はもっと豊かになる

 「女性ならではの視点」は、今や社会のあらゆる分野で求められています。女性は男性よりはるかに、住みやすさや暮らしやすさを考え、実現する鋭い感性をもっていますし、経済活性化の側面で見ても、女性が果たす役割は大きい。既存の男性中心的な社会に、女性が深く入り込んでいくことは、ひとつ次元の高い社会の実現につながるように思います。
 1つ事例を挙げると、最近、中心市街地は「女性化」していると言われています。静岡市の呉服町界隈を歩いていても、男性向けの居酒屋などが減少傾向にある一方、女性をターゲットにしたおしゃれなカフェやブティック、サロンなどが増えていますよね。すなわち、中心市街地の経済を活性化するには、女性の視点で捉える必要がある。女性の視点なしに、まちの将来的なビジョンは見えてこないということです。
 例えば、2007~10年まで、伊豆の稲取温泉観光協会の事務局長を務めた、渡邊法子さんという方がいます。1,200人を上回る全国公募から選ばれたのが、女性だったということ自体、非常に興味深いですよね。
 渡邊さんは東京の主婦で、まちづくりや観光振興に取り組むNPOの活動経験をおもちでした。稲取のまちの魅力を「財産」と捉え、それらを「発掘」し、町民に植え付けていくということを、実践されたんです。
 「よそ者」である渡邊さんの着眼点をヒントに、自分たちのまちの魅力にどう付加価値をつけていくか――そういう議論が、地域住民の間でなされたそうです。彼女の感性や、地域の潜在的な魅力を見通す目線によって、生み出された功績は大きかったと思いますね。
 もうひとつ、女性と男性のコラボレーションによって、女性の能力が引き出されている例として、富士市産業支援センター(f-Biz)の小出宗昭さんが行っている起業家支援があります。
 小出さんは、女性ならではのアイデアをうまく引き出し、それをビジネスに仕立て上げていくという点で、天才的な能力を発揮されています。彼のようなコーディネーターがいることで、女性の力が目に見えるかたちとなっていくことは、地域社会、日本社会全体にとっても、非常に有益なことだと思います。
 このように「女性ならではの視点」は、活かされるチャンスさえ与えられれば、社会を変えることができるくらい、大きな力を秘めています。そういう機会が増えれば、日本の社会は、もっと豊かに変貌を遂げるのではないでしょうか。

市民活動を牽引する女性リーダーを増やすには

 介護や子育て、福祉関連のNPOや任意団体の現場は、圧倒的に女性の力で担われているのが現状です。私の推測では、ほぼ6~7割が、女性なんじゃないでしょうか。
 しかし一方で、組織そのものの運営や管理は、多くの場合、男性が担当していますね。NPOに限らず行政などでもそうですが、女性はいまだに意思決定の部分に入り込めていないという課題が残っていると思います。
 しかし私は、女性に運営管理能力がないとは思っていません。事実、静岡県男女共同参画センター「あざれあ」や静岡市女性会館「AICEL(アイセル)21」にしても、マネジメントの主役は女性、男性は脇役というかたちになっていますよね。今後、NPOなどでもマネジメントの中枢部分に、女性がもっと進出し、組織全体を女性が支えていくことが重要だと思います。
 実は、こうした傾向は、日本に限った問題ではありません。NPO先進国で、女性の社会進出が日本よりも進んでいるアメリカでも、同じ問題はあります。前回の大統領選で、ヒラリー・クリントン氏が民主党候補になるかどうかが、大きな話題になりましたが、それはやはり、ヒラリー氏が大統領になれば「女性初」だからですね。
 私は2000~01年、ニューヨーク市立大学で在外研究を行いました。滞在中、現地のNPOに対しヒアリングを行ったのですが、対応してくださった理事長クラスの方々は、男性が多かったのに対し、メンバーの男女比を聞くと、女性のほうが多い傾向にありましたね。その辺は日本と同じだと思いました。
 女性の力を活かしきれていない背景には、「ロールモデル」の提示が十分でないということがあると思います。しかし、ロールモデルになれる女性は、潜在的にはかなり存在しているはず。問題は、その発掘の仕方や見せ方でしょう。他の女性たち、特に若い世代が、「自分もああいう人になりたい」と、憧れをいだけるような女性が登場すること。それが、今後、NPOや市民活動の分野で活躍する女性リーダーを増やしていくうえで、重要だと思います。

意思決定の場に女性を送り込むための「政策塾」

 静岡県男女共同参画課が主催する「女性政策塾」は、そうしたロールモデルの育成をめざす取り組みの1つです。2009年から毎年開かれておりまして、今年で3回目を迎えます。
 講座の大きな目的は、女性からの提言を実際の政策に反映させていくために、論理的思考力やプレゼンテーション力を身につけること。第1回から講師を務めさせていただいています。
 受講者は、審議会委員などを目指す30~50代くらいの女性が中心で、一期生には今年4月に富士市議会議員になられた小野由美子さん、二期生には、やはり今年2月に焼津市議会議員になられた秋山博子さんなどがいらっしゃいます。
 テーマは毎回、そのときどきの社会情勢に合わせています。第一回は「マニフェスト」。「首長選挙に立候補するとしたら、どういうマニフェストを作りますか」という課題に、女性の目線で取り組んでもらいました。
 興味深かったのは、社会の仕組みや仕掛けそのものを変えていく、ソフト事業の提案が多かったことです。子育て支援や商店街の活性化に向けた提案もありました。女性らしいマニフェストが、出揃ったと思いましたね。
 今年は、3月11日に起きた東日本大震災を受け、防災対策に焦点を絞ることになりました。被災地の避難所生活では、女性の立場に立った配慮が足りないということが、問題となっていますよね。さらに、防災対策と言うと、これまでは男性の目線で考えられるハード面が重視されがちでしたが、そこに女性の目線が入ると、どんな政策提言ができるのだろうという興味もあります。
 6~9月まで、全4回の開講で提言をまとめ、最終的には県議会議員の方々と、懇談することになっています。
 受講生の方々は、毎回、「自分にも何かできるのではないだろうか」という思いで、熱心に取り組まれています。私自身、このような機会を通じて、意思決定の場への女性参画が、少しでも促進されればいいなと思っています。
 

女性は少子高齢社会を支える地域やNPOの主役

 最近思うのは、いわゆる3.11以降、日本全体が、違うステージに入っていくんじゃないかということです。エネルギー政策の問題でも、「脱・原発」を支持する人が、増えてきていますよね。「脱・原発」は、全国の女性たちがこれまでずっと主張してきたことです。
 女性は男性に比べて、「より良く生きる」ということに敏感だし、積極的だと思いますね。そういう意味で、女性が「脱・原発」の運動をしてきたのは、当然だと思います。
 原子力発電の政策そのものを、突然、大きく転換することは難しいかもしれませんが、女性主導で進められてきた「脱・原発」運動に男性が加わり、市民レベルでの議論を広げていくことが、今後、重要だと思います。日常生活を見直し、節電や倹約をという価値観も生まれています。そういう部分でも、女性の生活の知恵が、活かされるはずです。
 日本が直面している少子高齢化問題でも、女性の役割が、ひとつのカギになるのではないでしょうか。町内会や自治会といった、地域コミュニティにおける女性の活躍は、ますます重要となってきます。今後いっそう女性の町内会長や自治会長が増えれば、子育て支援や介護など、地域単位での福祉が充実し、少子高齢化が進むなかでも、住みやすい地域コミュニティを築いていけるように思います。事実、女性の活躍による成功例が、全国各地に生まれつつあります。
 また、女性は男性に比べて、肩書きとか利益とかにこだわらず、社会的ミッションの達成に向かって、より純粋に取り組むことができる気がします。そう考えると、女性がNPOを支える存在になっていくというのは、ごく自然な流れでしょうね。
 日本にNPO法ができて、ようやく今年で13年。NPOを支えていく社会的な土壌も、まだ十分とは言えません。もちろんこの13年で、NPOに対する認識は相当高まりました。NPOとは、Non Proit Organization。日本語に訳すと「非営利団体」なわけですけれども、13年前は「非営利って何?」という状況でしたから(笑)。
 NPOが活躍するフィールドは、すでに拡大傾向にありますが、私たちの暮らしにより深く根付いていく過程で、市民活動に対する意識の高い女性たちが果たす役割は、非常に大きいはずです。

若い世代の間で進むニュートラルな男女の役割意識

 静岡に来て、今年で16年目になりますが、静岡大学の学生たちを見ていても、若い人たちの男女観が変化していることを感じますね。
 昨年、男女共同参画の講義を担当した際、学生にレポートを書いてもらいました。30~40名中、約4割が女子学生だったのですが、「家庭に入って子育てをしたい」という専業主婦を希望する女子学生は、たった1人。驚きましたね。男子学生も、「結婚したら、妻には家にいてほしい」というコメントを書いた学生は、ほとんどいませんでした。さらに、男子学生の2~3割は、「自分が家庭に入ってもいい」と答えました。
 授業では、「君たちが結婚したら、家事をお互いに分け合うことも必要になる」という話をしました。それに対しどういう感想をもったか、書いてもらったところ、「大学を出たら、私も仕事がしたい。結婚しても仕事は続けたいので、共働きになることを理解してくれる男性と結婚したい」という女子学生がほとんどでした。
 こうして見てみると、若い世代の間では、いわゆる「良妻賢母」というような価値観が姿を消し、男女の役割という点で、相当ニュートラルになってきているように思います。背景としては、学生たちの親の世代の影響が、大きいように思います。「自分も両親が共働きで育った」とか、「父親が母親に家庭でのすべての仕事を委ねていて、母が苦労しているのを見て気の毒に思った」という男子学生のコメントもありました。かつてのように「男子厨房に入らず」という育て方をしている母親は、減ってきているのでしょうね。
 私自身はと言えば、妻は短大で助手をしていまして、共働きですが、子供はいません。お互い仕事をしていますから、家事は「できるほうがやる」という暗黙のルールがありますね。ただ、妻は栄養学が専門で、料理が好きなので、私は専ら片づけ役です。
 静岡に来てからというもの、私の行動範囲は本当に広がりまして、さまざまな活動を通じて出会った人たちから、いろいろな教えをいただいております。それが、たまらなく楽しいんですね。楽しいので、ますますそういう世界に、引き寄せられていくんだと思います。
 私は、人と出会うことが好きなんです。これからも魅力的な活動家の方々と出会っていきたいし、交流や関係性を、ますます深めていきたい。素晴らしい感性をもった活動家の方々が、その都度、仕掛けてくださる取り組みのなかで、一歯車として役割を果たすことが、自分にできる社会貢献であり、このうえない喜びだと感じています。

取材日:2011.6



長野県生まれ 静岡県静岡市在住


【 略 歴 】

1991名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程中途退学
1996静岡大学人文学部法学科 助教授
2000ニューヨーク市立大学都市調査センター客員研究員
静岡大学人文学部法学科 教授
2004静岡県男女共同参画会議委員
2006ライフサポートセンターしずおか 会長
2007特定非営利活動法人活き生きネットワーク 副理事長

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