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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

「店はお客様のために」が成功のカギ。
味と価格のバランスがとれたワインを生む。

種本祐子(たねもと・ゆうこ)

種本祐子(たねもと・ゆうこ)



ヴィノスやまざき 専務取締役COO


- WEBサイト -

ヴィノスやまざき

ワインは女性向きのビジネスという気付き


 私が父の経営する酒屋の片隅でワインビジネスを始めたのは1987年。ちょうどスーパーやコンビニでもお酒が買えるようになり、個人の酒屋が衰退産業と言われ始めた時代です。祖父が始めたうちの酒屋も例外でなく、父の代で商売を辞めるという話になっていました。 ところがあるとき、店の片隅に残っていたワインで友人たちと試飲会をしたんです。そしたら「私はこのワインが好き」「このワインなら買いたい」という声があって、1人ひとりの好みが違うワインは、大型店よりも個人商店向きなんじゃないかと。より多くの人の好みに合わせて全国流通させるビールなどとは違って、ワインはきめ細かさが求められる女性向きの商売なんじゃないか、そう思ったんです。 お酒のことは、ビールの値段も流通の仕方も知らない全くの素人でしたから、父に頼んで「お店を閉めるならここで新しい商売をやらせてもらえないか」と、87年にワイン部門を立ち上げました。暖簾を借りて起業したような格好ですね。翌88年、今後はワインビジネスをメインにやっていこうということで、「ヴィノスやまざき」を設立しました。

原点回帰で発見した「お客様のためのワイン」

 90年にソムリエ協会の資格に合格し、ワインのプロとして店の経営に携わるようになりました。ところが、私が勉強すればするほど、売り上げがどんどん落ちてしまうんです。ソムリエの先生のアドバイスを聞きながら、有名な産地のワインを仕入れていたにもかかわらず「どうしてだろう」と悩みましたね。 ちょうどその頃、有名なワインを破格の安さで売るディスカウントストアが静岡にもいっぱいできて、「売れないのはディスカウントストアのせいじゃないか」と思ったんです。それで負けじと安いワインを仕入れたのですが、そうすればするほどますます売れなくなる。 そんなとき、藁をもつかむ思いで「商業界」という雑誌の勉強会に参加したんです。そこで聞いたのは、「自分たちの売り上げや利益を上げるために顧客がいるのではない。店とは本来お客様のためにあるもの。そうならない店はやめたほうがいい」という厳しいお話でした。

 今でこそ当社は、店を創業した祖父の「店はお客様のためにある」という言葉が社訓になっていますが、当時は全くお客様のための店ではなかった。初心に戻り、お客様を集めて試飲会を開催し、「おいしい」とご注文いただけるものをメーカーから仕入れました。

 頻繁に試飲会をやって注文をとり売れ筋を見ていくと、驚いたことに全く有名産地ブランドではないわけなんです。むしろ全然聞いたこともない産地銘柄で、価格も特別に高いものではなく1,000円とか2,000円とか。言うまでもなく、お客様は300円とか500円とかいう産地も固定できないワインはご希望でなかったのです。 「無名産地で高品質で3,000円以下」というワインは、なかなか探すのが大変です。そんなとき偶然フランス大使館の商務部の女性と知り合いになったんです。「無名の村で良質のワインを造っている農家を紹介したい」という彼女の言葉を頼りに、大使館に出向いて試飲させてもらうと、それが本当においしくて、しかも安い!

「これだ!」というワインが1カ月で1万本完売

 居ても立ってもいられず、すぐフランスに行ったのは94年のことです。その村というのは、ソムリエの教科書によると「安酒の産地」で、確かにほとんどの生産者がトラクターを使って大量収穫している。ところが同じ産地でも、造り手によってワインの味は全然違うんですね。自分がおいしいと思った農家だけは、全部手で摘んでいる! そんなことは教科書に書いてないことですから、もうびっくりするやら感動するやら、「これだ!」と思って、いくつかの蔵をまわって1万本分を仕入れてしまいました。 いちばん困ったのは資金でした。ワインの仕入れ価格に海上運賃とか保険とか税金などを含めると全部で約1,000万円必要でした。メーカーから仕入れる場合は、運転資金がなくても2カ月後に問屋さんに支払えばよかった。ところがフランスから帰国すると、ワインが届くどころか待っていたのは請求書でした。 もちろん1,000万円の現金はありませんし、担保もなかったので融資も受けられない。仕方ないので、ある銀行の支店長に直接お願いに行きました。「もしダメだったら諦めよう」と思っていたのですが、思いのほかすんなり決済が下りました。 6カ月で1,000万円返済しなければならないというプレッシャーは、相当大きなものでした。

 今だから言えますが、当店では当時、どんなに売れても1カ月100本程度。フランスからの輸送に1月半かかりますから、実質的には3カ月間で1万本を売り切らねばならない。 チラシを作るお金もなかったので、なじみのお客様たちに手紙を書きました。その甲斐もあってか、皆さん買いに来てくださり、ものすごくよく売れました。それまで営業に行っても買ってくれなかったレストランさんが、「あなたが選んだワインでうちのお客様がすごく喜んでくれたよ。本当にありがとう」と言ってくださったり。 「本当においしい」とあちこちから感謝され、「店は客のためにある」が実践できて良かった、たとえお金が返せなくてもいいや、そんなふうにも思っていたのですが、あっという間に完売してしまったんです。発売から1カ月のことでした。

「絶対に売れる」秘訣は味と価格のバランス

 よく「ワインは置いとけば価値がでるからいいですね」などと言われますが、そんなことはありません。仕入れたものが棚に残っているという状態は、会社にとって負債です。当社では基本的に「3カ月間で売り切ろう、売り切ってまた次の商品を仕入れよう」と、回転率を良くする努力をしています。これは、最初に銀行に融資してもらった経験から学んだことですね。

 当社では、「絶対に売れる」という商品でないと仕入れません。事務所には何百本っていうサンプルがあって、1週間に1回みんなで試飲するんですが、ほとんど採用になりません。1,000本に1本あればいいほうですね。たまたまいい1本に出会うと、現地に出向いて現場を見て、ブドウの生産方法から醸造の方法まで、すべてが良くないと仕入れません。

 店の棚にはたくさんワインが並んでいますが、1本のワインを決めるまでには、そんな苦労があります。これも味と価格のバランスをとるため、「店はお客様のためにある」という社訓を貫くためです。味が良くても価格が高ければダメで、「3,000円の商品を1,000円で売るにはどうしたらいいか」、そういう話し合いをしています。 例えば、1万本全部をすべて現金で買い取るから2,000円にしてくれなどという交渉もします。1,000円でないと売れない商品があるとすれば、徹底的に1,000円にする努力をします。品質は落とせないので、ブドウの収穫段階で当社が全部買い取り醸造してもらうケースもあります。そういう過程を経て、「味と価格のバランスがとれたワイン」だけが店の棚に並ぶわけです。そういう背景があり、スタッフたちはみな、商品に対する自信と強い思い入れがあります。

顧客の喜ぶワインを売ることが生産者も育てる

 ご存じのとおり静岡は、全国発売に先駆けさまざまな商品のテストマーケティングが行われる場所です。静岡で受け入れられたものは首都圏でも受け入れられやすい。魚も水もおいしくて食レベルが結構高い静岡の消費者には、品質が良く、味に見合った価格の商品でないと売れません。一方、東京という市場はある意味怖い部分がありまして、有名ブランドや極端に安いものが売れます。静岡でうまくいったことは東京では簡単に成り立ちますが、その逆はないわけです。

 ヴィノスやまざきは2001年から首都圏で店舗展開していますが、静岡市場のそうした厳しさは強味の1つだと思います。東京にはいわゆる「マニア」とか「オピニオンリーダー」と呼ばれる人がいて、本当はおいしいと思っていなくても蘊蓄(うんちく)があれば売れる場合もあります。しかし、静岡のワイン好きには通用しません。 最近、フランス大使館などから講演を依頼されることがあります。対象は、ブドウ農家や次世代を担うワイン造りの後継者たち。「顧客の反応を見ながらいいワインを造っていかないと、数十年後にはワイン文化が消滅するかもしれない」「名産地やブランドが通用しなくなったのだから、既存の評価に甘えていてはいけない」など、なかなか厳しい話をしています。

 私にこういう話ができるのは、お客様といちばん近い立場にあるからです。お客様がどんなものを求めていらっしゃるかをわかっているのは、私たち小売業です。「味と価格のバランスがとれたワイン」を販売することは、質の高い生産者の育成にもつながります。 全国各地では近年、個人商店の後継者がいなくなり、商店街が「シャッター通り化」しています。一方で、人々のニーズが多様化した、「モノが売れない時代」とも言われています。「最初にモノありき」という時代が終わった今、商業だけでなく産業全体が「最初にお客様ありき」という考え方に立ち返る必要があります。 今後は、顧客のニーズを最も把握している小売業が、ものづくりの起点になる可能性もあります。次世代を担う商業人材の育成は、日本の産業全体にとっても非常に重要なのではないでしょうか。

取材日:2010.08



静岡県静岡市生まれ 静岡市在住


【 略 歴 】

1987 実家である「やまざき酒店」に就職。ワインビジネスを立ち上げる
1988 本格的なワイン販売に乗り出し店を会社組織に。
「株式会社ヴィノスやまざき」設立
1990 日本ソムリエ協会認定ワインアドバイザーに
1993 カリフォルニアワインマスターコンテスト優勝
1994 ワインの直輸入を開始。初輸入のフランスワイン1万本が1カ月間で完売
配送料無料の「蔵直」システムをスタート
2001 東京をはじめ首都圏の直営店展開を開始

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