「女社長になる!」
小学校高学年のころ、父の経営する鉄工所が倒産しました。思い出がたくさん詰まった家を引っ越すことになった日のことを、今でもはっきりと覚えています。小さいトラックに乗って振り返ると、住み慣れた家がどんどん小さくなっていく――その光景を。涙があふれて止らなかったことを。考えてみると、私の決意の原点はそこから始まっていたのです。「大人になったらあの家を取り戻す!」と、心の中で誓いました。10代のころから「絶対、女社長になる!」と私を突き動かしていたものは、ここにあると思います。
中学生のとき、おばあちゃんと2人暮らしをしていた時期があります。おばあちゃんは、なにげなく当たり前にする食事のときに「2人でご飯食べるとおいしいねえ」と、毎日感謝してくれるのです。隣で私はただ食べているだけなのに。自分がいるだけでだれかのためになっている、と感じた最初でした。こんな日常生活の当たり前のことに、すごく感謝出来るとはなんて素敵なことだろうと思いました。
父はトラックで老人施設を回る仕事についたので、私も手伝って一緒に回ったり、話を聞いたりしていて、お年寄りは身近な存在でした。その影響もあって、学校を卒業してすぐ、特別養護老人ホームに勤めました。ところが、大好きなお年寄りの喜ぶ顔が見たい、貢献したいという気持ちと、子供のころから持っていた女社長になりたいという気持ちの両方がありました。両方はできない、どちらにしようと考えたとき、老人ホームの仕事は年をとってからでも出来るから、今は社長の下積みからやろう、手に職をもとうと決めました。21歳のときです。
好奇心が旺盛で、いろいろなものに興味を持った末に選んだ仕事が、美容でした。小さいころ、「ごっこ」遊びが好きで、髪を切ったりする床屋さんごっこなど自分で考えてつくり出して、楽しく遊んでしました。その「ごっこ」遊びが今の仕事にすごく生きています。
訪問ボランティアカットを始める
2006年、焼津に美容室「ミルフィック」を開店し、2カ月に1度、75歳以上のお年寄り・車いすの方・養護施設の子供たちを対象にした、ボランティアカットも始めました。これで、私が思い描いていた女社長とお年寄りに貢献したいということが、同時に動きだしました。ある日のボランティアカットでのことです。目の見えないおばあさんにマニキュアを塗ってあげたのですが、自分で見ることができないはずなのに、手をかざしてまるで見えるかのように喜んでくださいました。ボランティアカットを楽しみに毎月来てくださったのに、その方は亡くなってしまわれました。お通夜に行ったとき、ご家族のかたから「楽しみにしている人はたくさんいると思います。これからも続けてくださいね」と言っていただきました。長い人生の中で、最終段階の楽しみの1つに自分たちがかかわれたのは、とてもうれしいことでした。そこにたずさわれて貢献できて、感謝でいっぱいです。
待っているだけではだめだ、困っている人たちはたくさんいる、私たちが出向いていこうと、その後、訪問カット事業部を確立し、美容院に行けなくて困っている方たちの自宅へうかがうということを、始めました。ただカットするだけではなく、暖かい気持ちを運ぶ人でありたいと思っています。なかには、年をとって孤独に生活をする老人もいらっしゃいます。私たちが訪問することによって、孤独でなくなればいいな、心のすき間を埋めてもらえたらいいなと思ってやっています。行くととても喜んでくださいます。私たちがさせてもらっていることは、とても価値あることだと確信しています。
小さな思いやりが世の中を変える
店舗の全国展開をめざしています。まだ3店舗ですが、地域の人にボランティアカットを利用してもらいたいのです。たくさんの地域に店舗が増えていけば、お年寄りとのつながりも暖かいものを伝えようという心も広がって、やがては、それが世の中をよくするひとつの何かになっていけばいいな、と思っています。また最近、ニュースで悲しい事件を耳にします。心が満たされないと問題が起こり、連鎖反応が起こるような気がします。反対に、ちょっとした心遣いで相手の心を満たすことが出来れば、暖かい心を運べると思います。私たちが虐待・いじめ・老人の孤独をなくすために、ちょっとした心配りをしていきたいです。だれかが支えてあげれば思いつめなくてもいいのでは。そういう人に対することなどを、いずれは店や美容という仕事を通じて、地域の人とみんなで考えていけるといい、そう思っています。
訪問カットは、もっと広げていきたいです。美容師という職業は、技術を身につけるのに10年という長い年月がかかります。長い下積みをしながらやめていった人たちがいます。もったいないので、眠っている技術を私たちの訪問カットで生かしてもらっています。
障がいのある人や養護学校の人にもボランティアカットをしています。店内はバリアフリーで、移動式のシャンプー台も用意してありますが、まだ口コミの段階で、知ってもらうまでには時間がかかりそうです。キッズルームは、お客様のお子さんに利用されています。藤枝店ではお客様以外のお子さんも一時預かりをしていて、好評です。
子供のころの「ごっこ」の延長で、これをやると喜んでもらえるかなと思うものを企画し実行して、地域に暖かい心を配達したいと思っています。
取材日:2010.10