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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

新製品の着想は日々の気配りにアリ。
冷蔵庫でヒットを生み出した経験を家電に活かす。

平岡利枝(ひらおか・としえ)

平岡利枝(ひらおか・としえ)



三菱電機 住環境研究開発センター
製品化技術開発部 部長



商品開発の着想は日々の気配りと無関係でない

 三菱電機に入社して今年で26年になります。3年前に現在の部署に異動になるまでは、ずっと静岡製作所の冷蔵庫製造部におりました。現在は大船にある住環境研究開発センターで、家電製品全般の開発に向けた研究を行っています。
 冷蔵庫製造部で商品開発に携わったものには、「切れちゃう冷凍」「ビタミン増量冷蔵庫」「瞬冷凍など、当社の冷蔵庫を代表するヒット商品があります。冷蔵庫の分野では長年、「使い勝手は三菱」という評価をいただいております。そういったものづくりに関わることができたのは、ありがたいことですね。
 他社にはない新機能を発想するには、「マーケティングの本で研究して情報を集めているんですか」と、よく聞かれることがあります。思うに、アイディアは何かをすれば生まれるものではなく、必死に考えるしかありません。必死に考えるとき役立つのは、日々の生活で得た「情報」です。ここでいう情報とは、メディアやネットで得たものに限らず、生活するなかでいつの間にか蓄積されたものも含む、広義での情報です。
 そういう情報を蓄積するには、問題意識をもって、生活そのものや氾濫する情報を見ることが重要だと思います。問題意識をもって見る際、無意識のうちに何かを感じる「感性」も大切です。
 私たち開発する人間にとって冷蔵庫は、「気配りの集合体」のようなものですね。「本当に細かいところまで配慮されていて」というお客様の言葉も、そういう意味では想定内なんです。新しい機能といっても冷蔵庫のような家電の場合、説明書を読まなくてもすんなり使えるものでなきゃいけない。そこも気配りです。その点は、冷蔵庫に限らず、どんな家電でも同じです。
 商品開発における気配りの発想は、ごく日常的な気配りと無関係ではありません。たとえば、当社は現在、全社禁煙ですが、以前は今から会議が始まりますという場合、メンバーのなかにタバコを吸う人がいたら、灰皿をセットしておくとか、終わったら片づけるということ。会議で数枚の資料を使う場合、横書き書類だったら左上をホチキス止めする。そのほうが、後でファイリングしやすいですよね。
 そういう日々のちょっとした気配りができるかどうかが、実は設計の仕事に大きく影響してきます。つまり、どれだけ相手の気持ちになれるか、使い手の立場で考えられるかということが、商品の使い勝手に直結しているんです。気配りの度量みたいなものは、会社での仕事の良し悪し、仕事のできる・できないという資質にもつながっているように思いますね。

設計図の1本1本の線が商品の良し悪しに

 自分たちの思いを、どう商品として表現しようかという生みの苦しみは、嫌というほど味わってきました。冷蔵庫の新製品は、毎年1回、8~9月頃に発表があって、順次、量産体制が立ちあがっていきます。締め切りが決まっていますから、毎年、ものすごいプレッシャーですね。「今年は新製品なし」とか「一生懸命やりましたけどできませんでした」ということは許されないわけで、何とかして必ず結果を出さないといけない。逆に言えば、スケジュール的には毎年毎年、繰り返しです。新しい製品アイディアのプランをつくり、試験して、設計して、量産する――。
 入社して最初の10年ぐらい、私の場合は、日々、図面の締め切りに追われていました。図面を描きながら思ったのは、1本1本の図面の線には、ものすごく深い意味があるということです。
 例えば、冷蔵庫の棚をどこの位置に決めようかというときも、1メートルあるから適当に3等分と決めているわけじゃなく、ものすごくたくさんの配慮の結果、決まってくる高さなんですね。もちろん、どんな試行錯誤があったかについて、ユーザー側は知る由もないわけですが、私たちが引く1本1本の線が、冷蔵庫の良し悪しを決める。気配りの帰着点が図面の1本1本の線に表れています。

人間味のある仕事がしたくて家電部門を希望


 今でこそ、こんなふうに設計の話ができますが、入社した当時は図面の図の字さえわかりませんでした。大学時代は数理学科でしたので、何も分からず、ものづくりの現場に飛び込んだわけです。
 私は根っからの理系というより、暗記モノの科目が不得意だったので理系にならざるをえないタイプ。特に数学は、ひらめきというか、ゲーム感覚というか、公式など基本的なルールさえ覚えればテストで勝負できます。大学受験でも、数学の配点が高いところ、「勝負して勝てそうだな」と思ったところを見極めて受験しました。「何をやりたいか」というより、「どんな大学に行くかで付き合う人も変わってくるよ」という周囲のアドバイスも、学校を決めるうえで重視しましたね。母校は、東京女子大学の文理学部数理学科です。
 大学卒業後の就職先は、地元・静岡で探しました。そのまま東京で就職して初任給で自活していくより、親元から通勤するほうが経済的にも楽だし、東京に対する憧れというのもなかったので、むしろ当然のように静岡に帰りました。
 地元の企業を探したら、三菱電機があったのが入社のきっかけです。私が就職活動をした1980年代半ばというのは、社会全体でコンピューター化が進み始めた頃で、SEと呼ばれるシステムエンジニアの求人が、飛びぬけて多い時代でした。私の大学でも、理系の学生1人に10社ぐらいから求人がありましたね。
 でも私は正直、SEは寿命が短いんじゃないかと思っていたんです。相当に根を詰める仕事だし、大変そうだし。そういう仕事よりは、人間味のある仕事のほうがいいと、会社訪問で静岡の三菱電機を見学したときも、SE系の仕事ではなく家電をやりたいという希望を出しました。

自分の弱点をいかにカバーするかも仕事の一部

 入社したのは、男女雇用均等法が施行されて最初の年で、私は三菱電機の静岡製作所では2人目、製造部門では初の女性総合職です。今にして思うと、「この人をどうやって使ったらいいんだろう」と、周囲が戸惑っていたように思います。
 私は子供の頃からものすごく真面目で、与えられたことは一生懸命やるタイプです。なので、周囲から「5」を期待されているなら「10」を達成して、「この人はうちの部で必要だ」という存在になろうと思いました。そういう存在になったうえで、早々に結婚退職する、皆に惜しまれながら会社をやめていくことに憧れていた時期もありましたね(笑)。とにかく入社したからには、仕事の上、何かしら1つ成果、自分の足跡を残したいと思っていました。
 でも、これも「今にして思えば」なのですが、会社組織ですから、私1人がいなくなったところで、困らないようにできているものなんですよね。仕事は、冷蔵庫の設計図で小さな部品の図面を仕上げることから始まったのですが、大学で専門的な勉強をしたわけではないので、いかに周囲の力も借りつつ、締め切りまでに図面を仕上げていくかということを覚えました。
 周囲にはもちろん、ベテランの先輩方がいっぱいいました。どの人に相談すればいいか、協力者を見つけては教えてもらうことの繰り返しです。最終的なアウトプットは担当した部分の図面なわけですが、周囲に協力を仰ぐことも自分の成果の1つで、重要な仕事のうちということを学びました。いろんな人がいるなかで、自分の強みと弱みを正確に把握すること、弱みについては克服する努力とともに、いかに周囲の協力を仰ぐかということが重要だと思います。
 また、できないことは「できません」と言うことも大切ですね。頼まれた仕事の期限が時間的に厳しいなと思ったら、安請け合いせず、確実な期限を提示する。むしろそういう姿勢は「安心感がある」と言われたこともあります。やはり、私は根っから真面目なんです。それと、受験のときもそうでしたが、「勝てない勝負はしない」。負けにならないよう、どう折り合いをつけるかも、組織の中では気配りなんだと思います。

主婦たちの食習慣の変化が冷凍の仕方にも影響

 最初は小さな部品の設計図でしたが、次第に任されるエリアが広がって行きました。1989年に発売したアイスクリームが作れる冷蔵庫では、アイスクリームを作る容器の計画図を、1994年にはチルド室全体の設計を担当しました。
 2004年、冷蔵庫の新機能を開発する「先行開発グループ」が新設され、グループマネジャーを務めることになりました。とはいえ、仕事としては、少しだけ開発の上流に移っただけで、基本的にはこれまでの延長線上です。ただ、1つ大きく違ったのは、これまで最終的な決済は上司の役割でしたが、グループリーダーになったことで、私の判断でプランが実現へと向かうこと。特に対外的な場面では、そういう立場の違いを感じました。
「切れちゃう冷凍」のスタートは、冷凍とチルド機能をめぐる疑問です。どんなときに食品を冷凍するのか、どんなふうに、どのくらいの期間冷凍保存しているかについて聞き取り調査したところ、「買ったものが悪くなるのが嫌なので冷凍している」「解凍を考えると、面倒くさくても小分けにして冷凍している」「長くても2~3週間、場合によっては数日で解凍している」ということがわかりました。
 一方、最近の冷蔵庫には、冷凍室よりは高温で、冷蔵庫よりは長期保存できる「チルド室」があります。しかし、聞き取り調査の結果、チルド室はあまり活用されていないことがわかりました。冷凍保存の実態を見ると、冷凍しなくてもチルドで十分なケースが多いのにもかかわらずです。チルドなら面倒な小分けや解凍の必要もありません。でも、実際にはチルドは活用されていない。「このギャップはなんだろう?」という素朴な疑問が、「切れちゃう冷凍」の出発点です。
 聞き取り調査をさらに分析していくと、最近の主婦は買い物した食材を当初の計画どおりに使えないことが多いので、買って来たらすぐに冷凍保存していることがわかってきました。
 例えば、「明後日は豚肉の生姜焼きにしよう」と思って買い物していても、その日になったら、夫は飲み会、自分も幼稚園の行事で疲れてしまった。「じゃあ今日は、生姜焼きはやめにして、スーパーのお惣菜ですませちゃおう」という予定変更が、結構な頻度であるわけです。コンビニや中食の浸透で、食生活そのものに加えて、主婦の食に対する習慣も変化しているわけですね。
 そうすると、一昨日買った冷蔵庫の豚肉はどうなるか。経験のある方も多いと思うのですが、冷蔵庫を開けるたびに「いつ使ってくれるんだ」と、豚肉が訴えてくる(笑)。家計をやりくりしている主婦にとって、買った食材の管理は常に気がかりな仕事の1つです。捨てることになるのはもったいないですから、「冷凍しておけば安心」ということで、少々面倒でも、解凍しやすいように小分けして冷凍してしまうんです。
 とはいえ、そういった食材を1ヶ月以上にわたって冷凍しておくのは稀で、せいぜい2~3週間、場合によっては数日後には解凍して使っているようです。であれば、最長で2~3週間安心して保存できて、小分けの必要もなく、肉の塊が女性の力でも包丁で切れるくらいの温度――具体的には、冷凍庫のマイナス18℃よりは高温、チルド室よりは低温のマイナス7℃ぐらいをターゲットに、実験を繰り返し、データを積み上げていきました。

原理に立ち返ったことで辿り着いた意外な発見

「切れちゃう冷凍」は、「冷凍した肉が包丁で切れたら便利」という要望に応えて生まれた機能ではありませんが、お客様の実態を分析し、潜在的なニーズをすくい上げ、わりと教科書どおりのアプローチで開発を進めた結果、生まれました。当時の冷蔵庫業界の動向としては、「いかに低温を実現し、質のいい冷凍保存を提供するか」という路線が主流でしたから、「どうしてこんな質の悪い冷凍を、あえて導入するのか」という反対意見は、当然、社内にもありました。
 しかし、そう言われることは十分予測できていましたから、説得するための戦略は練っておきました。いかに低温かということより、「切れる」ことのほうが価値が高いということを強調したんです。新機能のポイントは、あくまで「女性の力で冷凍した肉が切れる」点であり、2~3週間であれば、マイナス7℃でも食品を安心して保存できることを、実験データから立証したわけです。
「切れちゃう冷凍」は、ある意味、「業界の常識」を破る新機能でした。マイナス60℃というような世界を良しとする考え方が多いなかで、マイナス7℃を売りにしたわけですから。しかし開発した人間としては、企画段階で社内的にも叩かれた「質の悪い冷凍」という点が気になっていないわけではありませんでした。「次の進化として、冷凍の質も良くして、しかも包丁で切れる冷凍を実現させたい」と思っていました。「便利さ」から、「マイナス18℃より質のいい冷凍」にステップアップしていこうと思っていたんですね。
 そうして生まれてきたのが、「瞬冷凍」です。ちょっと専門的な話になりますけれど、「質のいい冷凍」を実現できた理由の1つに「過冷却」という現象があります。過冷却を起こす冷蔵庫は業務用などではありますが、ハードに莫大なコストがかかるため、「家庭用冷蔵庫では無理」と言われていました。
「家庭用では無理」という、これまた「業界の常識」は百も承知のうえで、「何とか家庭用冷蔵庫で過冷却ができないか」と思っていたとき、社内の研究所が「無理かもしれないけれど、ここは愚直に、物が凍るとはどういうことなのか、いちから調べてみよう」と言って下さった。物が凍る現象を観察していくうちにわかってきたのは、「過冷却は、意外に温度コントロールで起こせる可能性がある」ということ。そして、ここからは本当に偶然なのですが、「切れちゃう冷凍」のマイナス7℃ぐらいで、過冷却が起こりやすいということがわかってきたんです。
「切れちゃう冷凍」から「瞬冷凍」への展開は、何か運命的なものを感じざるをえませんでしたね。「質のいい冷凍」というと、マイナス60℃クラスの超低温の追求が一般的だったわけですが、地球環境への意識の高まりで省エネが叫ばれていることも考慮すると、マイナス7℃で過冷却を起こさせる「質の高い冷凍」のほうが、断然、価値が高い。

困難をものともしないチャレンジが成果の近道

 新商品の開発には、「切れちゃう冷凍」や「瞬冷凍」のケースとは逆に、「ハード側の新技術を使って、何かいい提案はできないか」ということもあります。そのときに重要なのは、お客様のニーズといかにマッチングさせるかということですね。開発には両方のアプローチがあってしかりだと思いますが、最終的にどうつなげるか、マッチングの方法を誤ると、それはメーカーの独りよがりというか、技術や機能の押しつけになってしまいます。その点は注意しないといけません。
 冷蔵庫の開発に携わってきたことで、世の中に提案する新機能として価値があるかどうかかについては、一種の勘のようなものが培われたように思います。住環境研究開発センターに異動してからは、冷蔵庫の経験をベースに、家電製品全般について、いかにヒット率を高めていくかをサポートしています。長年、冷蔵庫の提案には苦しんできましたから、クリーナーや炊飯器は新鮮ですし、いろいろなアイディアが出やすいのも事実です。
 この26年間に、ものづくりの現場にも、女性社員が増えました。でも正直、「女性だから」という捉えられ方には抵抗感があります。冷蔵庫の分野で自分の仕事の足跡が残せたことを、私自身、とてもありがたいと思っているのですが、その一方で、他の女性社員が「平岡さんもやったのだから」ということで同じようなことを押し付けられるのは気の毒です。社会的に見ても、いまだに「女性」ということで、ひとくくりにされてしまうことはありますよね。
 男性の場合、完全に個人のスキルや資質で、活躍するフィールドが決まってきます。しかし女性の場合、「女性」プラス「個人のスキルや資質」ということなんじゃないでしょうか。しかしそれゆえに、女性の場合、男性よりも大きな可能性があるという見方ができるかも知れません。
 いずれにせよ、若い人たちに申し上げたいのは、どんな仕事でも「逃げ出したい」「辞めてしまいたい」と思う瞬間はあるわけです。そんなとき、苦労を苦労とも思わずサラっとできてしまうことにチャレンジすることが、成果を上げる近道だと思います。まずは根本的に好きだとか、興味があるということが大切でしょう。そういう意味では、男性でも女性でも、活躍できる居場所は必ずあるんじゃないかと思っています。

取材日:2011.1



静岡県静岡市生まれ 東京都在住


【 略 歴 】

1985三菱電機株式会社 入社
2004冷蔵庫製造部 先行開発グループ グループマネージャー
2008住環境研究開発センター 部長

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