興味のあることは何でもやって来た
カウンセリングに来られる方は深刻な感じで来られることも多いので、普段はあまり言わないのですが、私自身はすごく楽天的な性格です。常に何かに興味を持っていて、思えば仕事だって本当にたくさんの経験をしました。家庭教師、高校の講師、同窓会の事務局の仕事をしながら、大学の研究室にも10年勤めていましたし。現在は大学・看護学校の受験予備校の運営と、臨床心理のセラピールームを個人で開業しています。
心理の道を志した最初のきっかけは高校3年生の頃。当時の友達が、河合隼雄の「コンプレックス」という本を薦めてくれて、それを読んだときでしたね。ひとの心ってこんなに奥深いんだと衝撃を受けました。それから心理の本を読みあさったんです。本の後ろに参考文献ってありますよね、そういうのを片っ端から。
それで大学は心理学科を受験したのですが、失敗して、英文科に進学しました。でも、失意とかはありませんでしたね。最初の希望とは違いましたけど、大学は4年間とても楽しかった。その後は面白そうだと思うものすべてに手を出して生きて来たように思います。さきほど、これまで本当にたくさんの仕事をして来たと申し上げましたけど、単純に頼まれた仕事をなんでもやっていったからなんですね。あなただから頼むんだよと言われて、それを私が断りそうになると、じゃあ他に誰に頼めばいいんですかとなって、じゃあやりますと。それだけ仕事が増えて行ったんです。
浜松には37歳の時、転職した夫についてはじめてやって来ました。現在運営に携わっている受験予備校のハマヨビは、こちらに来てから就いた職場です。その仕事を始めてすぐ、残り半分の人生は自分のために生きたいと思うようになりました。それで41歳のときに、もともと興味のあった心理の勉強をもういちどやろうと考えて、愛知学院大学の心理学科に学士入学しました。その後大学院に進学したので、全部で4年間、講師の仕事をしながら名古屋に通ったのです。そして、47歳で臨床心理士の資格を取得しました。
手を出すのではない、引くことの大切さ
ハマヨビの生徒の定員は全部で38名。超少人数制の受験予備校です。普通少人数制というと、きめ細かい行き届いたサービスを提供していると思われがちなんですけど、ハマヨビは逆なんですね。
少人数だと、生徒が個々に今どういうことをしていて、何を問題にし、考えていのるかということが見えやすい。それがわかるから、生徒ひとりひとりの要求にどのように手を差し出してサポートするか…… ではなくて、わかっているからこそ、どこまで手を引けるかが見えてくる。この距離の取り方こそが大事と考えています。
例えば、生徒がある大学について知りたいと考えたとしますよね、スタッフはその生徒に大学についてのいろんなことを細かく調べて教えるのではなくて、大学には自分で電話して知りたいことを聞いてもいいんだよという情報を伝えます。生徒の多くは「大学に電話なんてしたら受験に不利になる」などと思っていたりしますが、そうではないということ、こういうことをしてもいいんだよっていうことを教えるのですね。そして、実際の行動は生徒にさせます。スタッフが詳細まで調べて生徒に教えた方が、作業としてははるかに早いんですけどね。ただ、それでは力がつきません。高校生のうちはいいかもしれませんが、ハマヨビの生徒はほとんどが浪人生ですから。いつまでたっても周囲に何かしてもらえると思っていたら、あとで困りますよね。
もちろん、手を出さないといっても、この生徒はこのまま放っておいたらマズいなと思えたら、そこは見極めて手を出すことはあります。とは言っても、出すだけですけどね。掴みたければつかみなさいよと。ただ、そうしていくと、生徒は本当に力をつけていきますね。
誰にでも「生きる力」はあるということを教えたい
カウンセリングに来られる方って、かつては中学生の不登校の相談をする方が多かったんですね。その次が高校生。でも、いまは大学生がとても多いんです。あとは社会人。会社に行けないと。しかし、そのことを本人ではなくて親が相談に来る。本人が来るなら問題はないのですが……。
親と子の距離がとても近くなってしまっているんですね。原因としては、やっぱり子どもが少ないとか、お母さんに時間があるとか、それから、どうしてもまずは成績成績となってしまう最近の風潮があると思います。お母さん自身が世代的に偏差値重視の時代を過ごしていますから、どうしても気にしますよね。レールを敷いて、そのうえを歩いて行ってほしい。実際、お母さんと話をすると、「この子大丈夫ですかね?」「大学行けますよね?」といったようなことから「いいところに就職できますかね?」「結婚できますかね?」「子育てできますかね?」みたいな…… そんなことまで聞いてこられる。それは、子どもが自分自身でなんとかするよっていうふうに思えないから子どもが何もできなくなるのだ、ということにお母さん自身が気づいていないからなのです。
みんな最近は「後悔のない生き方・選択」をしたがりますよね。でも選択をするということは、片方を諦めるということですから、どうしたって後悔は残るものです。だから先々の心配をしすぎるよりも、いまいちばん良いと思える選択をすればいいのだと思います。大丈夫ですよ。思えば私自身もそうやってなんとかなってきたような気がします。経験したたくさんの仕事も、ひとつひとつはばらばらの点のようですが、それがいまでは大きな一本の線としてつながっているように感じるんです。
ハマヨビの授業は少人数制のメリットを活かして、個々の生徒の理解度をしっかり見て、講師は生徒の質問にもていねいに答えます。受験予備校ですから。ただ、そのなかで同時に、子どもたちに自分自身の「生きる力」を身につけてほしい。みんな力はあるのです。しかし知らないんですね、やり方を。私たちはその力を信じて、見守っていきたい。子どもがいかに変わっていくか、それを目の当たりにすると親もうれしく感じるものです。その先にもちろん大学に行けるという結果があればいいですけど、子どもの変化に気付くお母さんには、その過程が大切だということがわかるのですね。
取材日:2011.1