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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

20年間のアナウンサー生活を経て舞台俳優の道へ。
常に学び成長できる環境に感謝しつつ稽古に励む。

木内琴子(きうち・ことこ)

木内琴子(きうち・ことこ)



SPAC―財団法人静岡県舞台芸術センター 芸術局 演技部


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SPAC―財団法人静岡県舞台芸術センター

言葉と声を生かそうとラジオ局のアナウンサーに

 舞台に立つ魅力を初めて感じたのは、大学生のときなんです。芸術学科で演劇を専攻していたのですが、卒業前の海外公演で大きな役をやらせていただいて。民話劇を狂言風にアレンジした演目だったのですが、私は狂言の授業が好きだったんです。狂言というのは会話劇なのですが、セリフを喋ることも好きでした。その舞台を通じて色々な人に支えていただき、お世話になったことで、その人たちにまたどこかで会ったときに恥ずかしくない自分でいたいなと思ったんです。そして、そのためには自分の好きなことができるよう努力をしよう、と考えました。
 勉強してきたことを生かせるのはどんな仕事かを考えたときに、思い浮かんだのはアナウンサーでした。言葉や声を使うところが共通すると思ったんです。それで、ラジオ局のK-MIX(静岡エフエム株式会社)に就職し、それまでご縁のなかった静岡県に来ることになりました。
 ラジオ局では喋るだけではなく、様々な仕事を経験しました。一人で番組を作ったりもしたんです。自分で企画し、原稿を書き、取材、選曲、録音、編集までこなして。当時は本当に忙しかったですね。一番おもしろかったのは映画音楽を紹介する番組。公開される新作に合わせてテーマを設定し、映画の紹介とともに音楽を流すという趣旨だったのですが、担当している間はたくさんの映画を観ました。洋楽の番組を担当したときは、毎日選曲をしなければならず、元々詳しいわけではなかったので勉強もしました。  その後はフリーランスになり、ラジオのパーソナリティ以外に、テレビの仕事などもするようになりました。他にも屋外イベントや結婚式の司会など何でもござれ、という感じで働いていましたね。
 一方で、アナウンサーをしながら日舞や能の稽古もずっと続けていました。30代前半の頃には浜松の劇団でお芝居をしていたこともあります。転機となったのは、大学時代の友人にずっと演劇を続けている人がいて、その人の舞台に出演させてもらったこと。そのときに、それまで20年間アナウンサーの仕事をしていたからか「口先だけで喋ってるな」と思ったんです。お芝居をしながらこれでは伝わらないなと感じ、身体を使って話すことを勉強しなければと思いました。このままでは仕事がつまらなくなってしまい、続けていけなくなるのではないかとも感じたんです。そんなときに、SPAC(財団法人静岡県舞台芸術センター)の県民体験創作劇場に参加し、現芸術総監督の宮城聰さんに出会いました。

SPAC専属俳優となり『ドン・ファン』などの舞台に出演

 県民体験創作劇場とは、一般の県民がプロの俳優とともに舞台に出演し、作品を創り上げていくもので、その都度県民のなかから参加者を募集し、活動しています。私が最初に参加したのは2006年で、演目は東海道四谷怪談でした。私はお岩の役をやらせていただいたのですが、そのときに演出をされていたのが宮城さんです。宮城さんの指導はとてもおもしろくて分かりやすくて。その後も何度か参加させていただいたのですが、2008年に専属俳優の募集があり、まさか受かるわけがないだろうと思いながら受けたんです。そうしたら、ありがたいことに拾っていただきました。
 専属俳優としての初舞台は「ふたりの女」です。能の演目である「葵の上」を、「アングラ四天王」と称される唐十郎さんが翻案し、それを宮城さんが演出するという刺激的な作品でした。この作品では、能を学んでいたことで役立つ部分もあったのですが、とにかく余裕がなくて。今でもそうですが、まだまだ勉強中で日々迷ったり悩んだりしながら稽古をしています。
 次に出演したのが、今年の1月に再演した『ドン・ファン』です。『ドン・ファン』の特徴は仮面劇であることで、演出家のオマール・ポラスさんの演出も仮面をいかに生かすかということに重点が置かれていました。初演のときに一人ずつ型をとって専用のマスクを作り、かなり早い段階からそれをつけて稽古をしました。私は仮面劇が初めてだったこともあり、なかなかルールが身につかなくて苦労しましたね。仮面をつけると、基本的には目と口だけしか外からは見えなくなるので、その部分の表現力を磨かなければならないんです。オマールに本当によく言われたのが「目を開けて」。彼はその日本語を真っ先に覚えたくらいでしたから。目の表現でマスクの存在を生かすようにするほか、強い身体も求められました。強い身体、エネルギーのある身体から生まれる表現も仮面劇には必要なのだと学びました。
『ドン・ファン』に取り組むなかでは、普段はできないことが、マスクをつけることでできたと感じる瞬間がありました。陳腐な表現をしてしまえば、自分の知らなかった自分が引き出されるというような。具体的に表現するのは難しいのですが、それは、自分の中にある何かが露わになるという感じでした。
 今年の再演では、稽古始めが遅かったこともあり、初演と同じようにやるんだろうと思っていたんです。ところが、オマールには全然そんなつもりはなくて。公演が始まってからも毎日のように演出が変わり、他の俳優さんたちも即興で色々なことを試していて。相手を感じて呼吸を合わせながら、私自身にも新たな表現が生まれるのを感じました。舞台を通して常に新しいことを学び、それによって自分が変わっていけるという環境にいられることは、本当にありがたいことだと思っています。

子供たちや地域との関わりを通して演劇を伝える

 今回の『ドン・ファン』もそうなのですが、SPACでは「中高生鑑賞事業」を行っているんです。週末に一般公演をし、平日には県内の中高生を招待して同じ作品を観劇していただくというものです。昨年度は1万人を超える中高生が劇場に足を運んでくれました。子供たちからは反応がダイレクトに返ってきますし、いつも応援してもらって、出演者としてはとてもうれしいですね。
 夏休みの時期にはシアタースクールも開校しており、小学生から高校生までの子供たちが集まってほぼ毎日稽古をし、静岡芸術劇場での発表会を行っています。私はSPACに入る前年、『大人と子供によるハムレットマシーン』でシアタースクールの子供たちと共演したのですが、彼らと稽古をしていると私自身もアイデアがどんどん出てきます。彼らを見ていると「何でもやっていいんだ」と思えるんです。演劇も稽古も大好きで、私自身が学ぶこともたくさんありますね。日常となっているために忘れてしまうことがある、お芝居の楽しさを思い出させてくれることもあります。
 また、「リーディング・カフェ」という、参加者と俳優がおしゃべりをしながら戯曲の読み合わせをするイベントにも参加させていただいています。戯曲に書かれた言葉を、リーディングという形式で声にすることは普段はないので、とてもおもしろいですね。普通に喋っているときとは全く違う声だと感じますし、新鮮な体験です。
 このほかにも、SPACでは高校の演劇部を対象に演劇講座を行ったり、発表の場を提供したりと、人材育成に力を注いでいるんです。また、先日行われた静岡県のイベント「富士見の祭典」では、オープニングパフォーマンスとして『羽衣』を上演するなど、地域との繋がりも大切にしています。地域や子供たちと積極的に関わっていくことで敷居を下げ、より多くの方々に演劇を知っていただければうれしいですね。私自身が県民体験創作劇場でSPACに出合ったように、ここでの劇場体験がそれぞれの方にとって豊かなものになるよう私も役立てればと思っています。
 今は、6月公演の舞台『真夏の夜の夢』の準備をしているところです。この作品は、野田秀樹さんの台本を宮城さんが演出するSPACの新作で、毎日夜10時頃まで稽古をしています。周りの俳優さんたちは、みんな舞台に対して熱い思いを持っていて、話し合いながら前に進んでいます。ここにいると24時間が演劇中心の生活になりますが、とても幸せなことですね。そういうふうに好きなことに打ち込める生活は、なかなか得られないですから。
 SPACの専属俳優になって約2年。毎日が勉強で、学ばなければならないこともまだたくさんあります。今は新しいことがどんどん入ってきている状況なので、そのことに感謝しつつ、色々なことを吸収していければと思っています。

取材日:2011.2



神奈川県生まれ  静岡県静岡市在住


【 略 歴 】

     
1989 静岡エフエム放送株式会社(K-MIX)にアナウンサーとして入社
1993 同社退社、フリーアナウンサーとなる
2009 財団法人静岡県舞台芸術センター(SPAC)専属俳優となる
『ふたりの女』出演
『ドン・ファン』(初演)出演
『夜叉ヶ池』出演
2010 『ペール・ギュント』出演
『王女メデイア』出演
『わが町』出演
『しんしゃく源氏物語』出演
2011 『ドン・ファン』(再演)出演

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