本当にやりたい仕事は何?
管理栄養士と調理師の資格を持っているから、という理由で友人に頼まれて、料理教室の手伝いを始めたのが20代前半。まだ会社勤めとかけ持ち状態でした。昼間は会社で働き、夜や週末に料理教室に行く日々。自分でメニューを組み立てて時間内に終わらせる、という段取りを一から考えるのは、大変でしたがとても楽しかったし、やりがいも感じていました。
結婚・出産を経てからも、しばらく「二足のわらじ」を続けていましたが、自分の中では「食」の仕事で食べていくつもりはなかったんです。正直言って、安定した会社勤めも捨てがたかった。息子二人を抱えて、体力的にも精神的にもこのままではいけないなと、もどかしさを感じながらも続けていたある日、毎朝、会社に行くときには泣いていた当時2歳だった長男が、料理教室の手伝いに行く私に「ママ、行ってらっしゃい!」と見送ってくれるのを見て、ハッとしたんです。
会社はどこか義務的に通い、料理教室には「楽しんで」出向く。そんな親の心を、子供はちゃんと見ていたんですね。このままだと子供に「仕事=しょうがなくやる」ものだと思われてしまう。本当にやりたくて、やりがいがあって、それで生活していける、そういう仕事を目指さなければ、と思った。それが食の仕事に専念しよう、と真剣に考えたきっかけです。
消費者と生産者とのパイプ役に
地元の公民館、行政、企業が主催する料理教室も引き受けるようになり、女性はもちろん男性、そして子供や親子を対象にしたものと、老若男女問わないお客様を対象としたものへと幅が広がっていきました。特に子供の料理教室を手がける中で一番頭を悩ませたのは、限られた予算の中で材料を調達しなければならないことです。静岡、特に私が住んでいる焼津にはおいしいもの、質のいい食品がたくさんあって、子供たちにはそれを知ってほしい、それを使えばもっとおいしくなると分かっているのに、予算の関係上、廉価なものを使わざるをえないジレンマ…。
考えた末、あちこちの生産者さんへ思い切ってお願いするようになりました。「子供のための料理教室で、いいものを使いたい。宣伝するから、材料を提供してもらえませんか」と。そのときに快く了解してくださったのが焼津のかつお節を生産する生産者さんでした。おかげで、その後も生産者さんとのつながりが増えていきました。一方、生産者さんも、商品に対するこだわりや作り手の思いを、どう消費者に伝えたらいいのか模索している方が多くいらっしゃいました。
この二つをつなぎたい。たくさんの人に、もっと食を楽しんでもらいたい。食に関する仕事にはさまざまな方法がありますが、私がもっとも力を入れたいと思っているのは、その部分です。
いつまでも「食を楽しく」がモットー
「食べることを、楽しく」。このスタンスで食に関する仕事を続けています。そう強く思ったことの一つに、高齢者施設での食事の仕事がありました。施設では食事の時間が決まっていますが、人によって普通食の人もいれば、きざみ食、ミキサー食の人もいる、それをちゃんと栄養の計算もして、予算内で時間通りに、一度に100人以上分も用意するのはかなり大変な仕事です。でも、これを在宅介護で作っている人や、栄養士さんのいない小さなグループホームで担う人もいる。しかも介護する人が料理が好きな人とは限らないから、とても難しいのです。
以前、介護食の講座を主催したとき、私はすでに在宅介護をしている人か、将来親の面倒をみるときのために、という人が見えるのかと思っていたのですが、半分以上がグループホームなどの職員の方だったんです。今は既製品もたくさん出ているけれど、毎日それで済ませるわけにはいかないし、食べればいいけれど、食べないとなると、介護する側もされる側も疲れてしまう。そういうところで困っている方たちに、私は何ができるだろう…と今、模索中です。
食は一生ついてまわること、「安心・安全」なのは当然だけれど、無添加で手作り、無農薬で…ということにこだわりすぎると食べることがきゅうくつになってくることも。予算や時間の関係で、選べない現実も、実際にはある、ということも見てきました。作る側のまた、食べる側にも負担にならず、そして、赤ちゃんの離乳食からお年寄りの介護食まで、どんな環境でも——たとえ病気であっても——食べることを楽しい、おいしいと感じてほしい。そのためには、子供だけでなく両親世代、もうすぐ独立する若い人にも、食の大切さを伝える必要性も感じています。なぜなら、たとえ食育の話を子供が学校で学んできても、家庭での食卓が、家族の対応がそれに寄り添っていなければ何の意味もないんです。食が人と人とのコミュニケーションのツールになるように…そういう提案もどんどんしていきたいと思っています。
取材日:2010.12