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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

旅館は失われゆく日本人の感性が息づく空間。
女将が日本文化を伝承する。

宇田倭玖子(うだ・いくこ)

宇田倭玖子(うだ・いくこ)


白壁荘 女将 
THE OKAMI 代表


- WEBサイト -

伊豆天城湯ヶ島温泉 旅館白壁荘

日本人が忘れかけている「間」

 着物を着ていますとひとつひとつの所作に「間」があるんです。何かモノを取ろうとするときも、着物には袖がありますからね、袖を抑えてからこう手が伸びるわけです。ここでワンテンポ「間」ができる。

「間」というのは、西欧的観点では非合理的かもしれません。私自身、洋服を着ていると動きが直線的になります。「間」というのは、日本人特有の時間の感覚で、所作の美しさに通じるものであり、日本人の精神文化にも深く影響しているのだと思います。 食事もそうです。洋食では1枚のお皿に何種類ものお料理が載っていることも珍しくありませんが、和食は基本的に個々のお料理がそれぞれ別のお皿に盛りつけられています。西洋とは違って器を持つ習慣がありますから、1つのお料理を味わうと、その器を置き、次のお料理へというように、器の上げ下げが「間」になって、それぞれの味をひとつひとつ楽しむことができるんです。お椀を口元に寄せるという所作やお箸の上げ下げも、すべて「間」ですね。こういう食習慣は、他の国にはない日本人が世界に誇れる文化と言えるでしょう。 玄関で靴を揃えるという習慣も一種の「間」です。これは小さいときからの躾(しつけ)ですね。

 そうそう、いつか中国からのお客様に「日本人はきちんと整列するし、順番を待つし、とてもきちんとしているけど、どこで躾けるんだ」と尋ねられたことがありました。「小さいころから家庭でそういう躾をしています。しかし、こういう礼儀はすべて中国からの伝来文化ではないでしょうか」と申し上げましたら、「今の中国にはもうないんだ」とおっしゃられて、日本人の礼儀や作法は素晴らしいとほめてらっしゃいました。 でも日本でも、生活の西欧化が進んで、本来の生活習慣や文化が随分薄れてきていますね。ちょっとひと呼吸おく、ほんのわずかな「間」を待てない時代になっています。自分の目的に向かって常に一直線という感じですね。

日本人らしさを取り戻す場としての旅館

 私ども日本旅館は、お客様がくつろぎ癒される場と同時に、日本人が忘れつつある本来の日本人らしさや感性、美意識を取り戻せる場をご提供したいと考えています。国際化の時代だからこそ、自分たちが誇れる文化をより深く理解する必要がありますね。 例えば、お部屋には毎日、季節の草花を活けております。忙しい日常生活では、小さな花に感銘を受けるということはなかなかないわけです。それが、ちょっとした草花がそこに生けてあると、可愛らしいとか、もうこんな季節かと感じたり……。

 私は日本旅館の女将として、そうした文化をお伝えすることが大きな使命だと思っております。特に女性の方々には、着物がどれほど日本女性を美しく見せるものかも感じていただきたい。皆さん、誰もが「さくや姫」になれるんです(笑)。

 最近は日本旅館や女将のいる旅館が本当に少なくなってきましたね。ですから、お客様をお迎えするだけでなく、地域の小中学生の体験学習で、今お話しましたような日本文化の素晴らしさをお伝えする活動も少しずつですが始めております。 今後は大学生、特に国際関係などを勉強されている学生さんに向けて、お茶のいれかたやお辞儀の仕方といった日本人の礼儀作法を白壁荘で体験学習できる女将講座ができればいいなと思っております。

豊かな生き方が女将の魅力になる

 白壁荘に嫁いで今年で28年になります。女将になったばかりの頃、国文学者でいらっしゃるお客様にこんなことを言われました。 「最初から女将になろうと頑張らなくても、周りにいる僕らが君を女将に育てていくから大丈夫。女性はどんどん変わっていくものだから、背伸びをしなくてもいいんだよ」と。やさしい言葉ですよね。とても気持ちが楽になったことを覚えています。そんな周囲の方々の「女将に育つまで待つ」という温かさに支えられて、ここまでやってこられたのだと思います。

 先代の社長には、「女将は一切お金勘定をしなくてよい」と言われました。お金勘定をしていると、お客様のお顔がお金に見えてしまうものだそうです。「それよりも、豊かに生きるということを信条にしていないと、お客様は寄ってこない」ということを厳しく言われましたね。私自身が豊かに生きること――単にお金勘定をするしないということではなしに、女将とはそういう役割を担っているものかと感じ入ったものです。

 実は最近、次の女将が決まりまして、もうすぐここへ参ることになっております。これまで皆さまから学んできたことを若女将に伝授していくのが、今後の私の役目ですね。所作やお客様への言葉づかい、日本建築の歴史、空間の使い方、掛け軸や器の伝統から手入れ法まで、継承しなければならないことがたくさんあります。 今から10年後、若女将が白壁荘の新しい顔になってくれることが、今から楽しみですね。

取材日:2010.08



静岡県伊豆市生まれ 伊豆市在住


【 略 歴 】

1980 白壁荘に嫁ぐ。文化人だった先代の遺志を夫とともに継承し、
家業の日本旅館の女将として修業を開始
1999 地域産物と観光を考える「山葵倶楽部」を立ち上げる
伊豆の旅館およびホテルの女将による「THE OKAMI」の代表として、
外国人観光客誘致に乗り出す

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