牛の健康のため、10年前に転換
最初は「つなぎ式酪農」だったのを、10年前に今のような形にしたのは、夫の希望です。環境に優しく、においも人の労力も少なく、牛にもストレスが少ないやり方にしたい、と。私はそれまであまり酪農も農業も勉強不足だったので、やり方を変えるにあたり、夫と一緒にいろいろ他を見に行って勉強したりしました。
一番変わったのは牛舎です。通常は「つなぎ式」といって牛舎の中で牛をつないでおいて、そこに人間がエサや糞の世話をしにいくのだけれど、それは人間の作業も大変だし、牛にストレスを与えないことにより、牛乳の出も味もよくなる。なので、うちでは牛舎の中で牛を放しています。歩くと牛の運動にもなるし、日光に当たると受胎率も上るんですよ。
エサには葉っぱが土に還るときに必要な枯草菌(こそうきん)を混ぜています。こうすることで、糞の発酵を早くして、においをなくします。牛舎の向こうが発酵槽。ここで糞を乾燥・発酵させるといい堆肥ができるから、それを畑に戻していいエサをつくり、そのいいエサをまたこの子たちに食べさせる、という繰り返しです。まったく無駄が出ない、自給自足のやり方。でも今でこそ「循環型」と言うけれど、昔はみんなこのやり方だったんじゃないでしょうか。
牛乳が水よりも安いのは?
今、牛乳ってすごく安いでしょう。ペットボトルのミネラルウオーターよりも安い。牛乳はカルシウムが摂取できるだけでなく、ビタミンなども吸収できるし、免疫力も上る栄養食品なんですが、最近の子供たちはジュースなど、いろいろ他に飲むものがあるから、あまり牛乳を飲まないそうです。
今、小学生の酪農体験や見学を受け入れていますが、ホルスタインが牛乳を出すというのは漠然と知ってはいるけれど、メスしか牛乳が出ないというのを、先生も知らなかったりする。ホルスタインなら全部牛乳が出ると思っていたそうです。牛乳というのは牛の母乳なのだから、妊娠・出産を経た母牛が、子牛に飲ませるために出しているんですが…。
乳牛はだいたい生後一年半ぐらいで人工授精後、10カ月で仔を生みます。うちの場合は、敷地の面積の関係上、育成ができないため、妊娠8カ月の時点で北海道から導入します。
その間、人間は牛にとってストレスのない環境を作り、健康で長生きさせてあげたいと思っています。子供たちに酪農の現場を見てもらうのは、どんな風に牛乳を作っているのか、牛たちがどうやって牛乳を出してくれているのかを、分かってもらいたいから。牛は身を削って牛乳を出しているのだから、大切に飲んでほしいんです。
酪農に従事する若者の支援を
うちでは常時「ボラバイト」という、酪農を手伝ってくれる若い人を受け入れています。男の子もいるけれど、女の子が多いですね。本当にみんな「酪農やりたい!」という強い希望を持っている。でも、日本は土地が狭い上、投資額がものすごいから、若者の力だけではとても無理なんです。例えば、牛1頭買うのに50万、始めるのに10頭買えばそれだけで500万。牛舎や、エサを作る機械も必要です。だから本気で酪農をやりたいというやる気も知識もある子たちは、みんな海外、スイスなどに行ってしまうんです。海外では施設を貸してもらえる制度があるので。日本も今、酪農家が高齢化していて、空いている牛舎もあるくらいだから、そういう所を貸してあげるとか、やる気のある人を応援・支援するシステムがあるといいのに、と思います。
愛情をかけて育てた牛乳が水より安いのは納得行かないし、脂肪が多いとか太るとか、変な誤解はあるし、すぐに腐るって言われるけれど、やっぱり腐るってすばらしいと思うんですよ。腐るのは100%自然だから。そういうことを分かった上で、牛乳を飲んでもらえたら…それで牛乳の需要がもっと増えれば、仮にそういう若い子が一人で酪農に携わりたいと思ったときに、実現できる世の中になると思うんです。酪農をやめていくところをただで貸してくれて、それで牛乳を高値で買ってくれれば、そんな若者の可能性の芽を摘まずにすみますよね。
そうなるように、牛乳のよさ、すばらしさを、生産者の立場で伝えていきたいです。
取材日:2011.1