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本サイトは、平成22年・23年の作成当時の内容です。

化学と生物学、両方の知識を活かしながら、
数千年におよぶ海の不思議の解明を目指す。

宗林留美(そうりん・るみ)

宗林留美(そうりん・るみ)


海洋学者
静岡大学理学部地球科学科 助教


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静岡大学理学部地球科学科

海の中で暮らす生物の様子を想像してみたい

 私の専門は海洋学で、海水中の有機物と生物の関係を調べています。生物といっても魚ではなく、プランクトンより小さいバクテリアやバクテリアを食べる原生生物ですね。海の中にはそういう顕微鏡を使わないと見えない生物がたくさんいて、私たち人間と同じように、有機物を分解してエネルギーを得たり、細胞成分を作ったりしています。ところが海水中の有機物のなかには、数千年もの間、ずっと分解されることなく存在し続けているものがあるんです。その理由を解明していくのが、私の大きな研究テーマです。
 というのも、例えば海水にアミノ酸を入れると、バクテリアがワッと増える現象が見られるんです。この反応が何を示しているかと言うと、海水中の有機物は不足気味で、そのために生物の数が抑えられているということですね。生物たちはなぜ、その数千年間もの間、存在し続けている有機物を消費してこなかったのでしょうか? お腹がすいているとき目の前に食べ物があれば、それを食べるのが生物の普通の反応ですよね。
 この現象について明らかにすることは、そう簡単なことではないんです。それで謎を解明していくために、周辺のことをいろいろ調べています。例えば、水温が変化するとバクテリアが有機物を消費する速度がどう変わるのかということや、太平洋のどのくらいの深さにまで微生物が生息していて、食物連鎖の関係はどうなっているかといった研究。ご存知のとおり駿河湾は日本でいちばん深い湾で、最深部は2,500メートルあります。深度の深い海洋については、あまり研究が進んでないんですね。もう1つ、海水中の金属と微生物の関係というテーマ。
 海の研究というと、地球環境とか環境問題に携わっていると思われがちですが、私の場合、特にそういうことは意識していません。むしろ海の中で暮らしている生物たちの様子を、いろんな角度から想像してみたいと思っています。

「私はこれを勉強した」と言えるものがない

 私は大学時代、理学部化学科で生化学を専攻していました。卒業研究では「バクテリアと金属の関係」というテーマで、本当に偶然、土壌中の鉄分とバクテリアが生成するタンパク質の相関関係を発見しました。そのバクテリアは体内で銅を含むタンパク質を生成するのですが、このタンパク質の量が鉄を与えるか否かで変化するんですね。これは従来の考えだと説明できない現象で、先生にも「意外な発見」と言われました。もちろん私自身、どうしてそうなるのかについては説明できませんでした。
 でも当時の私は、特にバクテリアに興味があって、そうした研究に取り組んだわけでもなかった――というのが正直なところです。大学時代は体育会のバドミントン部に所属していまして、試合があるたびに欠席届を出さなければならなかった。ほとんどの先生が「とんでもない」と突き返すなか、唯一許してくれたのがバクテリアの研究をしていた先生だったんですね。「この先生なら甘やかしてくれるかな」という不純な動機で選んだ研究室でした。
 大学院に進むことになったのは、母のひと言がきっかけです。4年生のとき、「友達がみんな就職するから、私も就職しようと思う」と言ったら、「あなた勉強に挫折したの?」とものすごく驚かれたんです。「どうして就職するの?」という母の言葉は、私にとって衝撃でした。母も祖母も専業主婦なのですが、大学院に行っていたので、私が大学院に行かないことが意外だったんでしょうね。そう言われて、「私は今まで挫折するほど勉強したことがない」ということに気付きました。小学校に入るとき受験勉強して以来、たいした勉強もせずにエスカレーター式で進学してきたんです。「私はこれを勉強した」と言えるものがないことを、とても恥ずかしく思いました。
 それで大学院に行こうと思ったのですが、研究室の「優しい」先生は、私が大学院に進学しても、在学中に定年退職なさることがわかって、慌てて他大学の大学院を受験することにしました。先生の定年退職に気付いたのが7月。ほとんどの大学院の入学試験は8月末だったので、願書の提出が間に合ったことが幸いでした学部では化学科でしたが、大学院ではもう少し生物よりのフィールドで研究したいと考え、専攻分野を決めました。
 大学院に行ってからは、「自分はこんなことも知らなかったのか」ということの連続です。修士課程の後、博士課程に進んだのも「もうちょっと勉強しないと、まだ何もわかってないな」と思ったからですね。今もその延長で研究を続けている感じです。「これを勉強した」「これは誰にも負けない」と、誰かに胸を張って言えるものがないことと、目の前にある疑問を解明したいということが、毎日研究を続けている理由です。

化学と生物学の両方が活かせるという気付き

 海洋学という分野に携わっているのは、小学生の頃から得意科目がなかったということと無関係ではないと思っています。高校時代、進路を選択するときにも、1つを選ばなければならないことに不安を感じました。その不安は、私の場合、「あれもやりたい」「これもやりたい」という若いとき特有の積極的な理由ではなくて、何かを極めたいと思う一方で、際立った特技や得意分野がなかったので、1つしか選べないことが不安だったんです。
 でも、海洋学を選んだことで、1つに絞り込まなくても、何かを極めることはできるかもしれないと思えるようになってきました。私は大学では化学、大学院では生物学を専攻したので、何か疑問にぶつかると両方の知識を総動員して考えます。そういうアプローチが、海洋学では有効なんです。
「生物地球化学」という分野をご存じですか?地球について生物学と化学、両方から明らかにする学際的な分野なのですが、私の研究は海洋学のなかでも生物地球化学にいちばん近い。生物地球科学では「広く浅く」が活かせるんです。国内の海洋学の研究者で、生物と化学の両方を同じような比率で学んできた人は少ないと思いますね。
 際立った得意分野がないことに対するコンプレックスが、必ずしもマイナスではないと思えるようになってきたのは、大学院の博士課程のときです。日本からカナダまで太平洋を2カ月ぐらいかけて横断し、海水中のタンパク質分解酵素を調べていたとき、カナダ側に比べ日本側で活性が高いという結果が出ました。なぜだろうと原因を考えていたとき、タンパク質の分解酵素には亜鉛が含まれていることを思い出しました。大学時代、生化学を学んだおかげですね。海水中の亜鉛濃度とタンパク質分解酵素の間にプラスの相関関係があるという仮説を立てまして、実際の亜鉛の濃度分布と照らし合わせたら、ピタっと一致しまして、大きな手応え得ることができました。

大学の存在意義は「考える力をつける」こと

 私の場合、どこか一カ所の海について研究しているわけではないので、太平洋、大西洋、オホーツク海、ベーリング海、赤道の方など、いろんな海を観測してきました。静岡は駿河湾が近いので助かります。駿河湾なら日帰りですが、長い場合は2~3カ月、船の上で過ごすこともあるんです。
 観測船に乗ると、毎日忙しいです。海水を採取するには特別な容器を沈めるんですが、1メートル沈めるのに1秒ぐらいの時間がかかるので、4,000メートルとか5,000メートルとかになると、沈めるだけでものすごく時間がかかります。沈めていく間もパソコンの画面でいろいろな操作をしていますから、常に何かと忙しい。
 最近、船を出して観測する予算がどんどん削られています。しかし、例えば地球温暖化の問題にしても、長年にわたる観測があるからこそ、重大な変化に気付くことができたわけで、目先のことにとらわれ過ぎてしまうと、より大きな問題を見逃すおそれがあると思います。こんなふうに言うと誤解を招きそうですが、何も世の中のすべての海洋学者が温暖化問題に直接つながる研究をする必要はないんじゃないかと思うんですね。海の研究をしていると言うと、即、温暖化対策に直結した研究と思われがちですが、私はそういうつもりは全くなくて、むしろ二酸化炭素問題と全く関係ないところから発見できるも多いのではとさえ考えています。新しい技術や知識というのは、いろんな研究の積み重ねの上に生まれるものだと思います。
 地球相手の研究というのは時間がかかるし、奥が深い。本当にわからないことばかりです。私の研究テーマにしても、自分が生きているうちに謎が解明されるのは難しいかもしれないと思っています。なので、数十年後の研究者たちが信頼して使ってくれるような、できるだけ正確なデータを残したいと思っています。22世紀になったとき、「21世紀のはじめに、海はこういう状態だった」ということがわかるデータを残したい。
 現在、ゼミの学生は大学院生も入れて7人。研究室では、「〇〇しなさい」という言い方でなく、できるだけ相手に考えてもらう言い方を心がけています。「何が知りたいのか」というところから始まって、そのためにはどんな実験をしたらいいかを一緒に考えていくんです。「考える」ということがいちばん楽しい部分ですし、まさしく大学で学ぶ理由です。「考えていく力をつけていく」ことは、大学の存在意義ですね。単に知識を身につけるだけなら、家にこもって本を読んでいればいいわけですから。

研究、仕事、家庭……岐路に差し掛かった今

 私は研究者になるつもりは全くなかったので、いまだに自分の仕事に違和感があります。研究者向きじゃないと思うことも多いですね。もっと自分に向いている職業があるんじゃないかと、悩んでいます。それは多分、子供の頃から進路を迷い続けた延長だと思いますし、私の自信のなさから来ているんでしょうけれど、「これでいいのか」と思いつつ日々の仕事に追われてしまって、自問自答の自答ができずズルズルと来ている感じです。
 普通、研究者というのは自信に満ちていて、「これは誰にも負けない」みたいな専門分野があるものだと思うんですが、私の場合、そういう心境からは程遠いです。「もっと適任の人がいるんじゃないか」とよく思うのですが、研究者でこんなふうに思っている人はいないでしょうね。唯一、研究者らしい心掛けがあるとすれば、「何十年後にも残るような信頼してもらえるデータを残したい」ということぐらい。今、自分が関わっている個々の研究テーマがつながって、1つの世界観みたいなものが自分で描けたらいいなと思いますが……でも、それは「目標」と言うより、「夢」の域ですね。
 私の主人も研究者で、専門は分析化学です。お互いの研究について話すのは楽しいのですが、彼は京都の大学に勤務していまして、結婚して10年になりますが、実は一度も一緒に暮らしたことがありません。会えるのは月に1回、忙しいと2カ月に1回ですね。自分の生き方に対して「これでいいのか」という気持ちが拭い去れないのは、研究のことだけではなく、主人と一緒に生活もしたいし、子供も欲しいし、いったい私はこれからどうすべきなかということも大きいです。大学からは「早く昇進して、もっと授業ももってもらいたい」と言われているのですが、来年、40歳になりますし、産むか産まないかはそんなに先延ばしにはできないんじゃないかと思ってます。これが今、いちばんの悩みですね。

取材日:2010.12



東京都生まれ 静岡県静岡市在住


【 略 歴 】

1998~2001日本学術振興会特別研究員
2000東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了 理学博士取得
2001University of the Mediterranean Aix-Marseille II(フランス)で研究
2001静岡大学理学部 助教

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