なぜ着物なのか。その意味を問う
美術大学の卒業制作で初めて着物を織ったんですが、自分で糸から染めて織ったとき、自分に合っている、自分の思いを形にできる、と感じたんです。それから修業期間を経て独立し、25歳で第24回静岡県工芸美術展の工芸家協会会長賞をいただきました。この世界はプロになるか、趣味でやっていくかのラインが微妙なんですが、このとき初めて家族や周囲に「本気なんだ」と思ってもらえたと思います。
私自身にとってもきっかけになった賞でもあります。当時、現代アートが流行っていて、伝統工芸か、現代アートか決めかねていたんですが、この賞を機に「やっぱり着物でやっていこう」と決心できました。
それでもしばらくは悩みましたね。このままずっとやっていても埒が明かないんじゃないか、と。賞をもらったりして、では自分は何がしたいわけ?と自問自答の日々の中、30歳のときに思い立ち、33歳のときにデンマークで個展を開いてみたんです。
海外で、着物を着て、着物を展示する。すると、すごく日本に興味を持ってくれたり、風呂敷をモチーフに発案した「結十布」が手品みたいだ、と絶賛されたり。そこで着物に対しての視点が、いい意味で変わりました。
着物にこだわるのはなぜか、なぜ着物じゃなきゃいけないのか、とよく質問されます。それまでは着物やめちゃおうかな、なんて考えたこともありましたが、海外で展覧会を開いたことで、着物が「民族衣装」であることを再認識できた気がします。そして制作の中で何か一本、柱を通すことを考えたとき、染めと織りの技術の奥深さについて、また着物であるべきだ、という思い、そして日本にいるからこそ勉強できることもあると、強く感じました。
貝の命を染める「紫」との出合い
昨夏、「アーティストinレジデンス」という企画で香川県小豆島に1カ月滞在しました。一番の目的は、特産であるオリーブの葉で染めをすることでしたが、実は私の興味は「アカニシ貝」という貝にも向いていました。
アカニシ貝から取れる貝紫の染料については、以前から本で読んで関心を持っていました。アカニシ貝がエサのアサリなどを捕るときに出す毒を溜めておく「パープル腺」、イカの墨袋のような部分があるんですが、そこから出る分泌物を集めて染めるんです。古代エジプトでは、クレオパトラがこれで船の帆を染め、権力の象徴としたということが記述に残るほど、貴重な色だったようです。
そんな幻のような貝紫を研究している伊賀在住の専門家の方との出会いもあり、今は材料の収集と加工、染色の助けをいただいています。その方から染料をいただいて試しに染めてみたら、これが本当にいい色でした。しかも化学染料のように丈夫で、発色もすばらしく、糸の感じもよかった。でも、どうしても材料である貝を手に入れるのが大変でした。アカニシ貝は比較的どこにでもいる貝で、瀬戸内はこの貝をサザエみたいに食べるんです。それで、小豆島に行くと決まったとき、貝紫の色素のもとになる部分は捨てるんじゃないか、それならたくさん集まるんじゃないか、と考えて、魚貝の問屋さんを紹介してもらいました。もともと染物だけのために使うということに罪悪感があったので、お願いして刺身などに加工するときに捨てる部分を置いといてもらったんです。これが先方にとっても廃棄物が出ない分、都合がいいようで、1年ぐらいになりますが、いいお付き合いが続いています。
貝を染めてみて思ったことがあります。これは、命をいっぱいつぶしている染液なんです。何十キロ、ときには100キロ分の貝から採った液は、濃い紫から薄くなって、途中から急に水色になって、最後に色素がなくなり糸が白いままになる。このイメージ、命を糸に移している作業だと。これは着物にしなければ。他のストールのようなものではなく、着物でなければ――そう確信しました。
人との出会いの中で、物作りを追求する
貝紫についてはほんとうにいい出会いときっかけがあって、こうやっていろんな人と出会って調べ物をしていくフィールドワークのようなことが、私には向いているみたいだと感じています。ただ物を作るだけではなく、人を通して物が動く、それが作品に生かされていく。今まで運がよかったり、いろんな人に助けていただきましたが、こういうさまざまな関わりが大切なんだと痛感しています。
伝統工芸のジャンルは分かりやすいのか、伝統の継承に魅力を感じるのか、意外と若い人が興味を持つことが少なくないんですが、50代ぐらいの下が私たち30代。40代の人は少ないんです。生活していくのが難しいから。特に、女性は結婚や出産・子育てを挟みますから、10年ぐらいブランクを経て、プロとして戻る人も、趣味として続ける人もいます。でもその境目は自分が決めるしかないんです。自分が何をしたいかということ、そして何ができるかという技術の問題。着物にしても貝紫にしても、私は幸い、気持ちと技術と、いろんなところからの協力が一致しているものを見つけられていると思います。
貝紫はまだ研究途上。これからもいろんな可能性があります。それを、染めて織る、この手法にこだわりながら、追求していきたいです。
取材日:2010.11